キスはボルドーに染めて
 バタンという扉の音だけが、静まり返った室内に反響するように響き渡る。

「おいおいおいおい。大丈夫なのかよ!」

 その音に弾かれたように飛び上がった杉橋が、蒼生の元に駆け寄った。

 陽菜美もはっと我に返ると、慌てて蒼生の側に寄る。


 ――新規企画は、まだ何も決まっていないのに。


 陽菜美は今までの、蒼生と美智世のやり取りを思い出す。

 美智世の発言からして、このプレゼン自体が、蒼生をクビにするための理由付けのように思えた。

 そして何の事情かはわからないが、親会社からここへ移ってきたというのが、蒼生が社内で冷遇され、厄介者扱いされている原因なのだろう。


「蒼生さん、どうするんですか……?」

 陽菜美は不安そうに顔を覗かせるが、蒼生はいつもと同じように、あははと笑顔を見せる。

「どうするも何も、やるしかないだろう?」

「やるしかないって、そんな簡単そうに」

 ため息をついた陽菜美は、急に伸びてきた蒼生の指先に、鼻をつままれ「きゃっ」と声を上げた。


「ちょ、ちょっと何するんですか!?」

 鼻声でジタバタと暴れる陽菜美に、蒼生は楽しそうに笑い声を出す。
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