キスはボルドーに染めて
 あははと笑い声をあげた蒼生は、大きく伸びをすると、棚から分厚いファイルを引っ張り出している。

「よし、じゃあ今日から本気出すか! 洸平も手伝えよ」

「まったく、小学生の宿題かよ!」

 陽菜美は二人の楽しそうな会話を聞きながら、今は腕まくりをして資料をめくる蒼生の横顔をそっと見つめる。


 美智世は明らかに、蒼生に対して敵意を見せていた。

 社員達の蒼生に対するよそよそしさも、おそらく美智世を恐れてのことだろう。

 陽菜美はふとボルドーの丘で見た、蒼生の瞳の奥に映る悲しい色を思い出す。


 ――蒼生さんの過去に、どんな事情があるのかはわからない。


 陽菜美は熱く湧き上がるような気持ちを抑え込むように、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。


 ――それでも、私は蒼生さんの力になりたい。


 陽菜美は自分にうなずくと、気持ちを切り替えるように顔を上げる。

 そして「よし」と自分も腕まくりをすると、杉橋と意見を出し合う蒼生の前に腰かけたのだ。
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