キスはボルドーに染めて
「……ねぇ、沙紀ちゃん。私に何か用事だったの?」

「そうなんですけどぉ……」

 沙紀は陽菜美から目を逸らすと、フロアをキョロキョロと見渡している。

「音羽さんって、今どこにいるんですかぁ?」

 沙紀は顎先に人差し指をあてると、小首を傾げながらフロアの奥へ大きく身体を覗き込ませた。

 なぜ沙紀がここへ来たのか、そしてなぜ蒼生の居場所を知りたいのか、理由がわからない。


「ちょっと、沙紀ちゃん。私、まだ仕事中なの。用事なら早めにお願いできないかな?」

 陽菜美は少しイライラする気持ちを、無理やり抑えこむように声を出す。

 すると沙紀がぷっと吹き出して、きゃははと声を上げて笑い出した。

「陽菜美さんらしいー。真面目で清純ぶってお人好しで……ほーんとムカつく」

 さっきまで笑っていた沙紀の目は、今はもう冷たく憎らし気に陽菜美を睨みつけている。

「沙紀……ちゃん……?」

 豹変した沙紀の姿に、陽菜美は思わず目を泳がせた。
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