キスはボルドーに染めて
 わなわなと震える陽菜美を見て、沙紀は満足そうににっこりとほほ笑んだ。

「この話、ここの皆さんは知ってるんですかねぇ」

 沙紀はわざとらしく眉を下げると、飾りのついたピンクのネイルが光る指先で、テーブルをコツコツと叩く。

「何が言いたいの……?」

 顔を強張らせる陽菜美に、沙紀はにんまりと口元を引き上げた。

「私もここで働きたいんですよねぇ。音羽さんに気に入られてる陽菜美さんが言えば、問題ないでしょう?」

「私を、脅すってこと……?」

 陽菜美は顔を青ざめさせると、くすくすと楽しそうに笑っている沙紀の横顔を見つめる。


 ――蒼生さんに迷惑はかけられない……。どうしたらいいの……。


 目の前が真っ白になった時、突然陽菜美の耳にこちらへ向かってくる誰かの足音が響いた。


「失礼、少し会話が耳に入ったもので」

 そう言って商談スペースに姿を現したのは蒼生だ。

 蒼生は沙紀の顔を覗き込むと、小さく眉を下げる。

「何かお困りごとでも?」

 蒼生の顔を見た途端、沙紀は頬をぽっとピンクに染めると、いじらしい素振りで立ち上がった。
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