キスはボルドーに染めて
「本当に君は、はちゃめちゃというか何というか」

 呆れた顔を見せる男性に、陽菜美はパンパンに膨らませた頬を覗き込ませた。
 
「しょうがないじゃないですか。今頃彼は、専務のお嬢様と豪華な式場で披露宴ですよ? 一刻も早く、国外脱出したくなる気持ちわかりませんか?」

 陽菜美の言葉に、男性はさらに呆れた顔をする。

「なんだ君の恋人は、婚約者がいたのに君に手を出したってことか? つまり君は浮気相手か……」

「そう言われると辛いですけど……」

「なんというか、まぁ、ご愁傷様だったな」

「ご、ご愁傷様って……」

 するとガックリとうなだれる陽菜美の隣で、男性は急にスマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかけだした。


 ――フランス語?


 流暢な外国語で話すその声を聞きながら、陽菜美が不思議そうに見上げていると、しばらくして男性は「Merci(ありがとう)」と言って電話をきる。

「じゃあ行くか」

 男性はそう言うと、急に陽菜美の腕をぐいっと掴んで、すたすたと坂道を下りだした。
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