キスはボルドーに染めて
「きゃ! ちょ、ちょっと! どこに行くんですか!?」

 陽菜美は若干足をもつれさせながら、慌てて声を出す。

「どこって、ホテルに決まってるだろう?」

「ホ、ホテル!?」

 男性から発せられたやけに色っぽい響きに、途端に陽菜美の全身は沸騰したように熱くなってくる。


 ――それって……まさか。


 陽菜美の頭の中には、失恋の末に見知らぬ男性とワンナイト……なんて文字まで浮かんできた。


 確かに陽菜美は失恋のショックから、なりふり構わずここまで逃げ出してきたのだ。

 一度くらい異国の地で、見ず知らずの素敵な男性に、身も心も溺れても罰は当たらないかも知れない。

 
 ――いや、むしろ溺れてすべて忘れてしまいたい気もする。でも……。


 陽菜美は急に足を止めると、その場におしとどまるように男性の手をぐっと引いた。


「ちょ、ちょっとストーップ!」

 陽菜美に急に手を引かれて驚いたのか、男性はよろけそうになりながら陽菜美を振り返った。
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