キスはボルドーに染めて
「蒼生さんは誰より仕事ができるし、何より尊敬できる人でした。僕は正直、あの時の上層部の判断には納得がいってないんです! 他の社員だってそうですよ!」

 田中が興奮した様子で声を出し、蒼生は小さく首を振ると田中を制止するように手を上げる。

「これ以上言うと、君の立場が悪くなる」

 蒼生の低い声に、田中ははっとするとうつむきがちに座り直した。

「すみません。大きな声を出して」

「いや、ありがとう。そう言ってくれるだけで、俺は十分だ」

 蒼生の笑顔に田中はぐっと大きくうなずいた。


 それからしばらくして、蒼生は音羽商事を後にした。

 エントランスをぬけビルの外に出る。

 ゆっくりと歩道を進んでいると、ふと目の前にビルとビルのすき間から、日が傾きかけたオレンジ色の空が広がった。


 『蒼生さん、おかえりなさい』


 ボルドーの夕日と同じ色をした空のどこかで、陽菜美の声が聞こえた気がする。


 ――いつの間にか、俺が帰る場所は、あそこになっていたんだな。


 くすりと肩を揺らした蒼生は、鞄を持つ手に力を込めると、駐車場に向かって駆けだした。
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