御曹司様はご乱心

第五話 望月さくらはバイト中にて

◇◇◇場所は大学の図書館、相良煉と総一郎が建築関係の本を繰りながら、会話をしている。◇◇◇

相良煉「それで総一郎、お前らちょっとは進展したのか?」

総一郎「いや、全然っ!」

◯総一郎、深く眉間にシワを寄せる。

◯総一郎モノローグ
初ラインを望月さくらに貰って以降、一応22時を過ぎた頃に
定期的なラインは送られてくるようにはなったのだが、

文面は定型の相変わらずの生存確認報告だった。


相良煉「総一郎お前、それってさあ、脈なしなんじゃねぇの?」

◯ぐさっと、相良煉の言葉が総一郎の胸に突き刺さる。

総一郎モノローグ

多分、そうなのだろう。

彼女は俺のことなんて好きじゃない。
っていうか、眼中にないんだろうな。

自分でもそれはちゃんと分かっていて
彼女を邪魔しちゃいけないって思いと、

彼女が俺を見てないってことがなんだか面白くなくて、
ついムキになって子供じみた行動をとってしまう。

これでも反省はしているんだ。
行動には移せないけど。

◯総一郎、下を向く。

総一郎「今はまだ……な」

相良煉「あっ、ああ、気にすんなって。
お前ら出会ってまだ一週間とちょっとだぜ?
これからいくらでもチャンスはあるって」

◯相良煉、気まずそうに笑って、総一郎の肩を叩いた。

相良煉「噂をすれば……あそこに座ってるの、彼女じゃねぇ?」

◯相良煉の視線の先に、
机の上で英和辞典を枕にして爆睡しているさくらがいる。

相良煉「俺は先に行くよ」

◯相良煉、ひらひらと手を振って図書館から出ていく。

◯総一郎、爆睡中のさくらの隣に座る。

◯机の上に置かれた洋書に視線を移す。

総一郎「Daddy-Long-Legs……か」

◯総一郎モノローグ

それは今年の一年生の英語の一般教養の教科書らしかった。

日本では『あしながおじさん』と訳されるジーン・ウェブスターの名著だ。

どうやら望月さくらはその和訳に取り組んでいる最中に、
眠ってしまったらしい。

孤児院で育ったジュディは、
名前を名乗らぬ援助者に毎月手紙を書くという条件で奨学金を受ける。

そして彼の正体を知らぬ間に、恋に落ちるのだ。

◯総一郎、さくらの寝顔に見入る。

◯総一郎モノローグ

年よりも少し幼く見えるのは、
丸みを帯びた頬のラインのせいだろうか。

笑うと満月のように愛らしくて、とても切なくなる。

以前こいつにラインを送ったことがある。

『月がきれい』だと。

思いっきり、既読無視されたけど、
その言葉の真意を、こいつに知られなくて
ちょっと良かったなって思ってる。

◯総一郎、視線を窓の外へ

総一郎モノローグ

花冷えだろうか、今日は少し冷える。

◯総一郎、自分が来ているジャケットを脱いで、
 眠っているさくらに着せかける。

 その拍子にほんの少しだけ、総一郎の手がさくらに触れる。

総一郎「細っせぇな……こいつ」

◯総一郎モノローグ

普段の彼女のパワフルさとは裏腹に
それはひどく華奢で

不覚にも彼女を守ってやりたいと思ってしまった。

小説みたいにうまくはいかないけど。

◇◇◇場面転換、視点がさくらに移動。
   バイトに向かう途中、フルスロットルで自転車を漕ぐ◇◇◇

さくら「ふんぬーーーー」

◯さくらモノローグ

きょうのあたしは、三限目の思わぬ休講により、図書館で爆睡できたので、
いつもより元気だ。

さくら「さあ、稼ぐわよ!」

◯さくら、信号機の前で勇ましく腕をまくる。
 そしてふと上をみつめる。

◯さくらモノローグ

図書館で目覚めたとき、目の前に鳥羽さんがいた。

今日は少し冷えるからと、
爆睡しているあたしに上着をかけてくれたらしいのだ。

鳥羽さんはときどきとても、ひどく優しい。

その優しさに触れるとき、あたしは戸惑いを覚える。

あたしを取り囲む環境が何もかも変わってしまう前だったら……。

あたしは鳥羽さんの優しさを、まっすぐに受け取ることができたのかな。

◯さくら、ちょっと泣きそうになる。

さくら「ああ、いかん、いかん。バイトに集中せねばっ!」

◯さくら、気合を入れるために、自身の頬を両手でパシンと叩いた。

◇◇◇場面転換、さくらのバイト終わり、
バイト先のロッカールームでみんなで雑談中◇◇◇

厨房スタッフ「いや〜望月さん、まじで助かりました」

◯厨房スタッフ、軽く涙目で、さくらにすがりつく。

厨房スタッフ「今日チーフが子供さんが熱を出したからって
       急遽店に出れなくなったって聞いたときは、
       真剣にお店を閉めようかともおもったんですけど、
       本部は売上が下がるからそんなの許してくれないし、
       だったらヘルプの人員よこせよって話なんだけど、
       本部も人員ギリギリで、無理って言われて」

◯そう話す厨房スタッフに濃い疲労の色がにじんでいる。

バイトの後輩「そうなんですよぅ。この人員でお店を回すのはただでさえ無理なのに、
       こんなときに限っていちゃもんつけてくるお客様がいて、
       私本当に泣きそうになっていたんですけど、そしたら望月さんが庇ってくれて、
       お客様も望月さんが対応した瞬間に、すごくにこやかになって。
       ホント神対応って、ああいうことを言うんだなって思いました」

◯バイトの後輩、尊敬に満ちた眼差しでさくらを見つめている。

◯さくら(よしよし、苦しゅうない)

◯さくらモノローグ

あたしは某人気ファミリーレストランで、
ウエイトレスのバイトをしている。

あたしは接客が嫌いではない。

父が下町のスーパーを経営していて、
幼い頃からその背中を見てそだったからだ。

小さいながらも、顧客と従業員を大切にして、
あたしはその場所が大好きなのだ。

だけど、道を挟んで真正面に、王手スーパーが出店してきたもんだから、
うちの店なんてひとたまりもない。

あれよ、あれよという間に経営は傾いた。

それでもまだ、
父は諦めきれずに誰一人従業員の首を切らずに、粘り続けている。

バイトの後輩「あっそうそう、それと、この間望月さんが作ってくれた
       賄のメニュー凄く美味しかったです」

◯バイトの後輩とても感激した様子で、熱弁。

さくら「本当? ぜひ詳しく感想を聞かせて!」

◯さくら、身を乗り出して、後輩ちゃんの襟首をひっつかむ。

さくら(あたしだってまだ諦めたわけじゃないんだからねっ!)

◯さくら、ぎりっと唇を噛みしめる。

さくら(弱小が大手にか勝つための最後の切り札、それは手作りのお惣菜よ)

◯さくらモノローグ

あたしの母をはじめ、従業員のおばさんたちは皆料理上手だ。

あたしはそこに、うちの店の起死回生の可能性を賭けているのだ。

あたしはレシピを開発するために、大学の専攻は迷わず食物科を選んだ。

マネージャー「大学を卒業したら、望月さんマジでうちの会社に就職しない?
       望月さんならすぐに店長になれるよ」

◯さくら、曖昧に笑う。

◯さくらモノローグ

この場所は確かにきらいじゃない。
だけどあたしの瞼に映るのは

『兄の薫が戻らない今、『スーパー望月』の後継者はお前だぞ』

そうあたしに言った、父の意思の強い眼差しだった。







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