婚前一夜でクールな御曹司の独占欲に火がついて~旦那様は熱情愛で政略妻を逃がさない~
プロローグ
窓を覆う濃い藍色のカーテンの隙間から、月が覗いていた。
この部屋に入ったときはまだ日が落ちていなかったはずなのに、この行為が始まってからどれほど時間が経ったのだろう。整わない荒い呼吸を繰り返しながら、ぼんやり思う。
「……ひどいな。こんなときに、余所見なんて」
聞こえたその声に、ビクリと身体を震わせた。
ベッドの上で力なく裸体を横たわらせていた蘭を、同じく素肌になにも身にまとっていない夫が組み敷いて見下ろしている。
『ひどいな』なんて言いながら、端整なその顔に浮かべているのは微笑みだ。純粋な笑顔じゃない、どこか蘭を責めるような、仕方ないなと苦笑するような、自嘲しているような。そんななんとも言いがたい複雑な表情。
「あ――」
彼の名前を呼ぼうとして、また腰を掴まれたから蘭はひくりと喉を震わせた。反射的に引きかけたそれをいとも簡単に押さえつけられ、あてがった熱を、押し込まれる。
もう何度目かもわからないあられもない声をあげた蘭を、閉じ込めるように彼がきつく抱きしめた。
「蘭、逃げないでくれ」
彼は長身で蘭は小柄で、だから体格差がありすぎる彼にこうされると、まともに動くことなんてできない。
それをわかっているはずなのに、彼は蘭の中に絶え間ない刺激を与えながら、色っぽく掠れた声を懇願するように耳もとへ吹き込む。こうして囲われていなくたって、蘭は彼から逃げたいだなんて思ったことはないのに。
抗えない快楽に翻弄されながら、蘭は彼の顔を見た。汗をかく、余裕のない表情。いつも冷静な彼が自分を抱いてそんなふうになってくれることに、たまらず胸がときめく。
「明季さん……」
名前を呼ぶと、わずかに顔を上げた彼と目が合った。
どうしてそんな、苦しげで、切ない顔をしているのだろう。
わからないけれどなんとか彼を慰めたくて、汗ばむ背中をそっとなでた。すると彼はますます苦しそうに眉根を寄せ、噛みつくように蘭の唇を塞ぐ。蘭も一生懸命、その熱に応える。
好きです、という言葉が口をついて出そうになって、慌てて喉の奥に飲み込んだ。
自分たちは、政略結婚だ。彼の方には特別な感情なんてないはずだから、自分のこの気持ちを伝えたら、きっと困らせてしまう。
幸せだった。なのに、胸がひどく痛む。
大好きな人に触れられている喜びと、それでも彼は自分と同じ気持ちではないことへの切なさの両方で、蘭はひっそりと涙をこぼした。
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