ひと夏の星に名前をつけるなら
空を見上げる。
星が、ぽつぽつと灯りはじめていた。

その中に、去年彼が指差したアルタイルとベガの光も見えた。

——アルタイルとベガ。
彦星と織姫。

ふと、去年の声が胸の奥で蘇る。

『ことちゃんは、やっぱり織姫が似合うと思うんだよね』

『だからこと座から“こと”にしよう。うん、かわいい。ことちゃん』

私、笑ってたな。
あのときは、ただの冗談みたいに思ってた。
でも今、こうしてたったひとりで星を見上げていると、
あの話が少し、胸に染みてくる。

——会いたいのに、会えない。

織姫と彦星は、年に一度だけ天の川を渡って会えるというけれど、私はもう、あなたにすら会えるか分からない。

たったひと夏だった。
名前も、連絡先も、なにも知らない。
あの日、彼が何を抱えていたのかも。

今なら分かる。
あれが彼にとって最後の夏だったのだと。
だからあんなにも真っすぐで、優しくて、儚かった。

——そして私は、言えなかった。

「来年も会いたい」って。
「好き」って。

もし、あのとき勇気を出して言えていたら。
もしかしたら、私は彼の“来る理由”になれたのかもしれない。

けれど私は、ただ笑っていた。
怖くて、踏み出せなかった。

「……バカだな、私」

ぽつりとこぼした声が、草むらに吸い込まれていく。



だけど。
私は、確かにあなたと、同じ空を見ていた。
“こと”と呼ばれて、何でもない自分が少しだけ、星に近づけた気がした。
あの夜空の下、私は自分の輪郭を知ったんだ。

今、あなたはいったいどこで、何をしているんだろう。
あの星を、まだ見ているのかな。
それとも、もう——

私は目を閉じた。

風が吹いて、星がまたひとつ瞬いた。
名前を呼ぶ声が、空のどこかに、まだ残っているような気がした。

もう、あの人は隣にいない。

「アル……あなたは今、どこで星を見てるの?」

空に問いかけても、返事はなかった。
けれど、不思議と涙は出なかった。

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