ひと夏の星に名前をつけるなら
あの夜のことが頭から離れなかった。

「ことちゃん」
耳に優しい穏やかな声。蝋燭が揺れたような笑顔。
弦を弾くような声色で名乗った“アル”という名前。

あの瞬間の空気感だけは、妙にリアルに残っていた。

何をする訳でもなくぼーっとして過ごす。

ふと見上げた今日の空は、昨日より少しだけ雲が多い。
でも、夜にはまた星が見えるかもしれない——そんな気がした。

「午後はどこか出掛けるのかい?」

無意識と玄関に向かった私に、おばあちゃんが声をかけてくる。
私は一瞬、答えに詰まった。

「……ううん、ちょっと外の風に当たってくる」

別に会えるなんて思ってない。
でも、もしまた、あの場所に行ったら。……“たまたま”彼も来てるかもしれない。

自分でもよく分からないまま、私は靴に足を入れた。




夕方の風は涼しくて、セミの声も少し静かになっていた。

日中、太陽に温められていた小石から夏の匂いを感じる。

昨日と同じ場所に咲く花。
昨日と同じ虫の声。
だけど心の中の音だけは、昨日とはまるで違っていた。

「いるわけないよね……」

ぽつりとつぶやきながら枝をかき分けると

——いた。

森の開けた場所、昨日と同じ位置。

私の視界に、すでに誰かの後ろ姿があった。

「……っ」

驚きと同時に、胸の奥がきゅっと鳴るような気がした。
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