私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
クローズ作業の後、賄いを食べて帰れるから、毎日の日替わりが楽しみだった。
スマホが鳴った。
パソコンのアドレスからメールが入る。
梶井さんからだった。

『明日とりにいくから、そのまま預かっておいて。ウサギちゃん』

短いメッセージ。
私は小学校時代のウサギと同等の扱いらしく、梶井さんは私にスマホを預けることになんの抵抗もなかった。
なんとなく、複雑な気持ちでそのメッセージを閉じた。
返事をしようかどうしようか、迷ったところでお客さんが入ってきた。

「もう開いてますか?」

「はい!どうぞ」

ディナーメニューの時間にはちょっと早かったけど、その人は最近よく店に顔を出すようになったお客さんだったから、少し待ってもらおうと席に案内した。
若いサラリーマンで、いつもゆっくりコーヒーを飲み、仕事の書類を眺める。
次に入ってきたのは近所に住む老夫婦。

「早く来てしまったかな」

「いいえ」

望未(みみ)ちゃんのピアノが聴きたくてね」

「そうそう。それが楽しみで早くきてしまうのよ」

優しいおじいちゃんとおばあちゃん。
私の演奏を楽しみにしてくれている。
ここで働けることになって、よかったと心から思えた。
カフェ『音の葉』は私にとって、そんな穏やかな時間が流れる場所だった。
これから先、私はこんな平和な時間を過ごしていくのだろう。
そう思っていた。
まだ恋を知らない私は―――
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