私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
「えー、そう?なんの曲だったかな?」

室内の換気が終わると窓を閉めた。
ピアノを弾くなら、窓を閉めないと防音できない。

「トロイメライです」

「トロイメライ……」

夢という意味を持つ曲。
シューマン作曲の『子供の情景』十三曲の中の一つ。
子供―――ふっと梶井さんが私を『ウサギ』と呼ぶ声が聞こえたような気がして、なぜか笑ってしまった。
三月に別れてから、連絡もないのに声を思い出すなんておかしい。

「関家君なら、もう弾けるよ」

「本当ですか!?」

「うん。練習する?」

「はい」

関家君は無邪気な笑顔を見せた。
可愛いなあ。
楽譜を取り出して、譜面板に置く。

「俺、トロイメライを弾けるんですね」

「弾けるよ」

練習曲ばかりじゃなくて、有名な曲も弾いた方が楽しかったかもしれないと関家君の笑顔を見て反省した。
生徒のピアノに対する興味をがっちりつかむのは大事なことだよね。

「じゃあ、まず右手から」

「はい」

最初は一音ずつ、ゆっくりと弾いていく。
まず、右手だけで少しずつ進める。
つまずきながらでも関家君は丁寧に進めて、右手だけの部分を最後まで弾いた。
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