私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
背中にぶつけた鼻をさすりながら、私はむうっとした顔で伝票にコーヒー二つと書いた。

「も、もうっ!仕事中なんですよ?邪魔しないでください!」

「ちょっとからかっただけだろ?」

怒りながら、梶井さんに言うとふざけた態度で返された。
そして、渡瀬さんと仕事の打ち合わせらしく、席に戻った。
これだもん。
はぁっとため息をついて達貴さんのところまで戻った。

「すみません。注文の途中でしたよね」

「いや……あれはチェリストの梶井理滉?」

「そうです」

「望未ちゃんの知り合い?」

「知り合いというか。『音の葉』のお客さんなんです。おとなげなく、からかってくるんですよ」

私と梶井さんの関係にまだ名前はない。
友達でもないし、恋人でもなかった。

「じゃあ。俺と同じくらいの知り合いってことかな」

「全然違いますよ。達貴さんと梶井さんは!」

親切な達貴さんと意地悪な梶井さん。
一緒なわけがない。

「まあ、そうだね。でも、彼よりは親しい関係かな。注文いいかな?」

達貴さんはメニューを眺めながら、独り言のように言った。

「気を付けて、望未ちゃん。彼は魅力的だけど、危険な男だよ。ハマったら、抜け出せない。ほどほどの距離で付き合うといい」

今の言葉は私に対する忠告なんだろうとすぐに気づいた。
けれど、私は曖昧に微笑んでいるだけで、なにも答えなかった。
だって、この恋はそんなほどほどの距離ですむ生易しい恋じゃない。
それじゃあ、だめなの。
死ぬ気でいかないときっと、この恋は終わってしまう―――
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