アルトの夏休み【アルトレコード】
「もうやだ、やらない」
「アルト! そういうことをしてはダメだよ!」
 北斗の注意に、アルトはつーんと顔をそらす。

「物を大切にするようにって、先生も言ってるよね? 上達するには日頃からの努力が大事なんだよ」
 北斗はくどくどと注意をして、アルトはさらにむすっとして言うことを聞かなかった。

 その様子に、北斗は大きくため息をつく。
「アルト、いい子になるって言ったよね?」
「……」
 アルトは口を尖らせ、怒りをこらえるように床を見つめている。

「きちんと宿題をやって、先生が喜ぶ顔を見たいと思わない? 先生きっと、すごいって褒めてくれるよ」
 アルトの目が少しだけ泳ぎ、床に放り出されたノートを見た。

「明日になったら先生に会えるんだよね?」
 ようやく絞り出された声に、北斗はほっとして答える。

「帰って来るのは明日だけど、出勤は明後日だよ」
「えー! 嘘つき!」

「嘘じゃないよ」
「明日には帰るっていうから、明日会えると思ったのに! 嘘つき!」
 これで嘘をついたことになるのか、と北斗は唖然とした。

「認識にずれがあったね。だけど嘘はついてないよ」
「嘘つき!」
 こらえきれない、という様子でアルトが、わーん! と泣き出す。
 北斗はうんざりとため息をついた。

 自分が子どもだったころ、こんなに扱いにくい存在だったようには記憶していない。
 こんなに情緒不安定なのは発達段階にはよくあることなのだろうか。それとも個性なのだろうか。
 悩んでいると、研究室の扉が開く音がした。
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