転生モブ令嬢は、死ぬ予定でした 王太子から溺愛されるなんて、誰か嘘だと言って!
 平々凡々な男爵家に生まれた、普通の娘だ。
 たまたま聖女として任命されてしまっただけのか弱き少女。前世の記憶を思い出していなければ、今頃死んでいた。
 それがユキリ・ラクアと言う人間だった。

「私は殿下のそばにいても、いいの……?」
「いなきゃ駄目だよ。神殿に帰るなんて、許さない」

 ユキリが不安そうに問いかければ、彼の口から心の奥底に秘めていた狂気が呼び覚まされた。ここでマイセルの意思に逆らったなら、どんな目に遭うかなどわかったものではない。

(私は殿下に、不義理ばかりをしてきたのに……。まだ、好意的に見てくれるなら……。その意思に、逆らう理由はないよね……)

 ユキリはこくこくと上下に首を振り、彼のそばにいると誓う。

「ユキリのいるべき場所は、僕の隣だ」

 こちらの答えを受けて、満足そうな笑みを浮かべた殿下は当然のように細い指先を自らの口元へ持って行き――自身の存在を刻み込むように、人差し指へかぶりと噛みついた。

「……っ!」

 噛み千切られるのではないかと恐怖を感じる程のピリリとした痛みを受けて、声にならない悲鳴を押し殺す。
 彼が指先を咥え込んでいた唇を離すと、そこには殿下の歯型がくっきりとついていた。
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