25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
家まで送ると言った真樹に、
「今日は突然の再会で驚いたし、ゆっくり一人で帰りたいです」
そう伝えると、意外にも彼はあっさり引き下がった。

──少しだけ、拍子抜けした。

休日の電車は空いていて、シートに身を預けながら、今日の出来事を何度も反芻する。
娘の婚約の場に、まさかあの人が現れるなんて。

別れ際、彼は言った。
「家に着いたら、メッセージをくれ。拒否するっていうなら、車で送っていく」

まったく。
私は子どもじゃないし、
あなたの恋人でもないのですけど。

そう返すと、彼はふっと笑ってこう言った。

「俺にとって颯真は大事な存在で、颯真にとって佳奈さんは大事な存在で、
君は佳奈さんの大事な存在だろう?
ということは、美和子さん——君は俺にとって、大事な存在なんだよ」

……そんなふうに言われても。

もう!
押しが強いのか、わからない。
美和子は混乱している。

なのに、
その言葉が、ずっと心の奥に残ってる。

まるで香水みたいに——じわり、じわりと香りを広げながら。

自宅について、バッグを下ろすと、
ためらいながらスマホを手に取った。

“いま、帰宅しました。今日はありがとうございました。”

──送信。

すぐに「既読」がつく。
そして、ほんの数秒後に返信が届いた。

「メッセージをありがとう。
今日は、会えて本当によかった。
……もう少し一緒にいたかったな」

心臓が、少しだけ早くなる。
なんなの、それ。

まるであの頃と同じ——
いや、あの頃よりずっとやさしい声音が、
画面越しに聞こえてくる気がした。

「おやすみ、美和子さん。
いい夢を」


なにこれ……


「おやすみなさい。」

短くそう返して、スマホを伏せる。

──なんなの、ほんとに。

ため息まじりに立ち上がると、バスルームへと向かった。
服を脱ぎながら、今日一日の出来事が胸の奥で渦巻く。

娘の婚約。
まさかの再会。
彼からの謝罪と香水。
あの言葉。

湯船に身を沈めると、ふう、と大きく息が漏れた。
どっと疲れた。
でも、それ以上に……胸がざわついている。

「今日はもう、何も考えない」
小さく呟いて、目を閉じる。

その夜、美和子は、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。

久しぶりに、何も夢を見なかった。



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