25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
「ちょうど、新しい靴が欲しかったの」
そう言ったのは本当だった。けれど、まさか彼と一緒に靴売り場を回ることになるなんて、想像もしていなかった。
「ヒールはどのくらいが好み?」
「真樹さん、私、自分で見ますから」
笑ってかわすと、「じゃあ俺は見てるだけにする」と彼は少し離れたソファに座った。だけどその眼差しは、しっかりとこちらを見ていて、なんだか落ち着かない。
——そんな視線の中で選んだのは、ヌーディベージュのシンプルなパンプス。ヒールは少し高め。でも脚がきれいに見える気がして、つい手に取っていた。
「それ、履いてみたら?」
「ええ、じゃあ……」
片方の靴を履こうとして腰をかけた瞬間、彼がすっと立ち上がり、私の前にしゃがみこんだ。
「……! 真樹さん?」
「いいから。せっかくだから俺に履かせて」
指先が、そっと足首に触れる。
そのまま、まるで宝物を扱うような手つきで、私の足にパンプスを添わせていく。
「……ぴったりだな」
しゃがんでいた真樹がゆっくりと立ち上がる。
そのまま何も言わずにレジへ向かい、会計を済ませて戻ってきた。
「ありがとう。」
そう言った私に、彼は微笑んで首を横に振った。
「俺は一度も、“一つだけ”なんて言ってないよ」
「え?」
「次は俺が、君に身に着けてほしいものを贈りたい」
そう言って私の手をすっと取ると、ためらう間もなくエレベーターへ。
着いたのは、宝飾品売り場——煌びやかな光が照らすショーケースの前。
「真樹さん、どうして……?」
困惑する私の前で、彼はある男性に声をかけられる。
「滝沢様、お待ちしておりました」
そのまま案内された奥の部屋に通される。
テーブルの上には、まぶしいほどの指輪の数々。
「真樹さん、これは……?」
「颯真から頼まれてさ。佳奈さんの好みがわからないって。二人で選べばって言ったんだけど、サプライズにしたいらしくて。……だから、母親である君の意見を聞きたいらしい」
「そ、そうだったの……」
(なに考えてたの私……ばか、ばか、私!)
「サイズはわかるか?」
「佳奈は私と同じだったはず。前に母の形見をあげたら、ぴったりだったから」
「じゃあ、君もいくつかつけてみて」
そう言われて、私はすっかり“佳奈のため”だと信じ込んだまま、楽しげに指輪を試し始めた。
一つ、また一つ。
係員の男性が淡々と顧客リストに情報を記録していくことにも気づかずに。
ショーケースを見終わった頃、「そろそろ帰ろうか」と彼が立ち上がる。
その時、係員から小さな箱を手渡された。
「……これ、なあに?」
「俺が選んだ。君へのプレゼント。今日は、俺の頼みをたくさん聞いてくれてありがとう。君に、似合うと思ったから」
小さく息を呑みながら、私は問いかける。
「……開けても、いい?」
「もちろん」
白いリボンをほどき、ブルーの小箱を開くと、
そこには、美しいボトルに包まれた香水。
——今、ほしいと思っていたもの。
「……どうして、これを?」
「直感かな。でも……その香り、君に似合うと思った」
香りの意味なんて考えずに、美和子はただ嬉しくて、彼を見つめた。
まだ知らなかった——
“香水を贈る男性は、
その香りで、誰よりも先に彼女を識別したいと思っている”
——そんな、静かな独占欲を。
美和子はまだ、知らなかった。
そう言ったのは本当だった。けれど、まさか彼と一緒に靴売り場を回ることになるなんて、想像もしていなかった。
「ヒールはどのくらいが好み?」
「真樹さん、私、自分で見ますから」
笑ってかわすと、「じゃあ俺は見てるだけにする」と彼は少し離れたソファに座った。だけどその眼差しは、しっかりとこちらを見ていて、なんだか落ち着かない。
——そんな視線の中で選んだのは、ヌーディベージュのシンプルなパンプス。ヒールは少し高め。でも脚がきれいに見える気がして、つい手に取っていた。
「それ、履いてみたら?」
「ええ、じゃあ……」
片方の靴を履こうとして腰をかけた瞬間、彼がすっと立ち上がり、私の前にしゃがみこんだ。
「……! 真樹さん?」
「いいから。せっかくだから俺に履かせて」
指先が、そっと足首に触れる。
そのまま、まるで宝物を扱うような手つきで、私の足にパンプスを添わせていく。
「……ぴったりだな」
しゃがんでいた真樹がゆっくりと立ち上がる。
そのまま何も言わずにレジへ向かい、会計を済ませて戻ってきた。
「ありがとう。」
そう言った私に、彼は微笑んで首を横に振った。
「俺は一度も、“一つだけ”なんて言ってないよ」
「え?」
「次は俺が、君に身に着けてほしいものを贈りたい」
そう言って私の手をすっと取ると、ためらう間もなくエレベーターへ。
着いたのは、宝飾品売り場——煌びやかな光が照らすショーケースの前。
「真樹さん、どうして……?」
困惑する私の前で、彼はある男性に声をかけられる。
「滝沢様、お待ちしておりました」
そのまま案内された奥の部屋に通される。
テーブルの上には、まぶしいほどの指輪の数々。
「真樹さん、これは……?」
「颯真から頼まれてさ。佳奈さんの好みがわからないって。二人で選べばって言ったんだけど、サプライズにしたいらしくて。……だから、母親である君の意見を聞きたいらしい」
「そ、そうだったの……」
(なに考えてたの私……ばか、ばか、私!)
「サイズはわかるか?」
「佳奈は私と同じだったはず。前に母の形見をあげたら、ぴったりだったから」
「じゃあ、君もいくつかつけてみて」
そう言われて、私はすっかり“佳奈のため”だと信じ込んだまま、楽しげに指輪を試し始めた。
一つ、また一つ。
係員の男性が淡々と顧客リストに情報を記録していくことにも気づかずに。
ショーケースを見終わった頃、「そろそろ帰ろうか」と彼が立ち上がる。
その時、係員から小さな箱を手渡された。
「……これ、なあに?」
「俺が選んだ。君へのプレゼント。今日は、俺の頼みをたくさん聞いてくれてありがとう。君に、似合うと思ったから」
小さく息を呑みながら、私は問いかける。
「……開けても、いい?」
「もちろん」
白いリボンをほどき、ブルーの小箱を開くと、
そこには、美しいボトルに包まれた香水。
——今、ほしいと思っていたもの。
「……どうして、これを?」
「直感かな。でも……その香り、君に似合うと思った」
香りの意味なんて考えずに、美和子はただ嬉しくて、彼を見つめた。
まだ知らなかった——
“香水を贈る男性は、
その香りで、誰よりも先に彼女を識別したいと思っている”
——そんな、静かな独占欲を。
美和子はまだ、知らなかった。