25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
書店の扉をくぐると、そこはまるで隠れ家のようだった。

照明は抑えめで、壁一面に並ぶ本の背表紙が静かな存在感を放っている。
入店は成人のみ。店内では会話も写真撮影も禁止。
読む、という行為そのものを、贅沢に味わうための空間だった。

入口近くの注意書きを見て、美和子は思わず「へえ……」と声を出しそうになったが、ぐっとこらえる。
真樹はもう慣れているのか、迷いなく奥のソファ席へと歩いていく。

深く腰かけられる二人掛けのレザーソファ。
すでにそこに腰をおろしながら、真樹が言う。

「じゃあ、好きな本を探してきなよ。ここ、席取り合戦だから先に確保しとく」

本棚の合間を歩きながら、美和子はしみじみ思う。
こんな場所があるなんて知らなかった。
静かで、上質で、少しだけ非日常。

数冊の本を手に取り、戻ってくると──
すでにソファの片側に腰かけた真樹が、文庫本に目を落としていた。

ふと、横顔を見る。

頬杖をつきながら静かにページをめくる指先。
目元は穏やかで、けれどどこかしっかりと芯がある。
その姿が、なんだかとても自然にこの空間に溶け込んでいた。

店員が静かに注文を取りにくる。
美和子はカフェラテを、真樹は迷わず「マッカランを」と低く通る声で答えた。

──ウイスキー?

思わずちらりと真樹を見やる。

文庫本を読みながら、さりげなくグラスに手を伸ばす真樹。
琥珀色の液体がグラスの中でゆれる。

その姿を横目に見ていた美和子は、不思議な感覚にとらわれた。

こんなにも静かな空間で、こんなにも自然に隣にいるのに、
この人が何を考えているのか、よくわからない。
それなのに、どうしてだろう。
心のどこかが──少しだけ、温かく、くすぐったい。

まるで読書という名の沈黙の中に、もうひとつの“会話”が流れているようだった。

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