25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ふと気配を感じて顔を上げると、真樹がこちらをじっと見ていた。

「……ごめんなさい、私、すっかり夢中になっちゃって」

思わず慌ててそう言うと、真樹は柔らかく笑った。

「謝ることないよ。ずいぶん面白そうだね、その本」

美和子が読んでいたのは推理小説だった。ちょうど全体の半分くらいを読み終えたところ。

「この本、買って帰ります。さすがに今日は読み切れないし」

「そうだね。俺もこれ、買って帰ろうかな。ずっと同じ姿勢だったし、ちょっと肩がこった」

そう言って真樹はすっと立ち上がると、美和子の手から本をひょいと取り上げ、そのまま足早にレジへと向かった。

「ちょ、真樹さん、自分で払いますから!もう、全部出していただいて、本当にもう充分ですから!」

慌ててソファの上を整え、カップとグラスをまとめて返却台に運び、美和子は急いで真樹のあとを追いかけた。

会計カウンターに着いたときには、すでに支払いは済んでいた。

「……もう。ほんとに、遠慮してください」

そう言いながらも、美和子はしぶしぶ財布からお札を出しかけた。

すると真樹が軽く笑って言った。

「じゃあさ、それ、面白そうだから。読み終わったら俺に渡してくれない?」

「……それなら、できます」

美和子はそう言って、小さく頭を下げた。

「ありがとうございました」

丁寧に、心から。

ふたりは並んで駅へと向かって歩いた。

日が傾きかけた道を、とくに会話を交わすでもなく、ゆっくりと。
けれど、その沈黙は心地よいものだった。

改札の前で足を止めると、真樹がふっと笑って言った。

「今日のデートも楽しかった。ありがとう」

そして、さりげなく手を振る。

「家に着いたら連絡してくれ」

そう言い残し、人混みの中へと歩き出していった。

美和子はその背中を、きょとんとした顔で見送った。

──今日の“デート”も?

え、デートだったの?
先週のも……?

なにそれ、いつからそんな扱いに?

心の中でツッコミながらも、なぜか笑ってしまう。
なんだか妙に、彼らしい。

「ま、いっか。深く考えることでもないし」

そう自分に言い聞かせるように呟いて、電車に乗り込んだ。
そして、自然とさっきの続きを読み始める。

物語の中に心を泳がせながら、ゆっくりと家路についた。

帰宅後、バッグを置いてすぐにスマートフォンを手に取り、
「ただいま着きました」とだけ短くメッセージを送る。

すぐに既読がつき、まもなく返信が届いた。

《今日は楽しかった。ありがとう。読み終わったら、また知らせてほしい》

画面を見つめながら、美和子はふっと笑った。

「……やっぱり、今日は楽しかったな」

誰にも聞かれない独り言を、そっと部屋の空気に流す。

そして再び、ページの海へと身を投じた。
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