25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
「家に着いたら連絡してくれ」
そう伝えたのは、ただの心配からじゃない。
彼女のことを気にかけている、という俺なりの不器用な表現だった。
だけど、それが“押し付け”であることも自覚していた。

それでも――彼女は素直に、律儀に応えてくれた。
その一言が、こんなにも胸を満たすなんて思っていなかった。

たった一行のメッセージに、俺はどれだけ救われているんだろう。

つながっている。
彼女と今、確かに。

それがたまらなくうれしい。
……このまま、それが習慣になってくれたら。
今日も無事に帰ったよ、って、毎日知らせてくれたら――

そう思った瞬間、自分で気づいてしまった。

違う。
そんなささやかなつながりで満足しているふりをしていたけれど、本当は――

彼女のそばにいたい。
彼女の帰る場所になりたい。
いや、彼女の「家」になりたい。

笑って、おかえり、と迎えるのが俺であってほしい。
日々の細々としたことを一緒に重ねていくような、そんな関係に。

そう願うのは、わがままか?

でももう、気づいてしまった。

俺は、彼女がほしい。
ただ話したいだけじゃない。守りたいだけでもない。
彼女の体温も、まなざしも、声も、孤独も、これからも――

全部、俺のものにしたいと、そう思ってしまっている。


タクシーの中。
あの微妙な距離感――触れられそうで触れられない、けれど確かに“近い”空間。
そのとき、ふと鼻先をくすぐった甘やかで柔らかな香り。
どこか懐かしくて、けれど間違いなく彼女のものだった。

……あれは、俺が贈った香水だった。

確かに渡したはずだ。ほんのささいなきっかけで。
似合いそうだと思っただけで、理由なんてなかった。

でも、彼女はちゃんと、それを纏ってくれていた。

(……まとっていた、俺が彼女のために選んだ香りを)

思い出すだけで胸の奥が熱くなる。
俺の選んだ香りが、彼女の肌に触れ、日常に溶けている――
それはまるで、俺の一部が彼女の中にあるような錯覚だった。

真樹は目を閉じ、記憶の中の彼女をもう一度呼び起こす。
タクシーの賑やかな車内。
ふとした瞬間に彼女の動きにのって香ってきたあの気配。

そして今、その香りが、まるで手招きするように真樹の胸を締めつけていた。

(あの香りを、もう一度……いや、何度でも――)

香りの記憶に触れた途端、欲望が再び静かに、しかし確かに燃え始める。
彼女が俺の香水を纏っていた、というたったそれだけの事実が、
なぜこんなにも俺をかき乱すのか。

それはもう、“好き”なんて言葉では片づけられない。
俺は、彼女をこの手で抱きしめたいと、心の底から願っている。

次に会うときのことを考えている自分に気づいて、真樹はふっと笑った。
こんなふうに誰かを想うのは、いつ以来だろう。
自然と顔が緩む。
次は何を話そう。彼女はあの推理小説を読み終えているだろうか。

次に会うのを想定して、真樹はひっそりと、しかし確信めいた笑みを浮かべた。
この恋は、もう止まらない。
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