25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
カウンター席に座り、メニューをめくると目に入ったのは、

「昔ながらのナポリタンとアイスティーのセット」

ああ、こういうのが今はいい。
あれこれ考えなくていい、ほっとする味。迷わずそれを頼んだ。

やがて運ばれてきた鉄板の上のナポリタンは、ジュウ…と音を立て、湯気の中から甘くて懐かしい香りが立ちのぼる。
ケチャップの甘さと、ほんの少しのピリッとした辛み。たまねぎとピーマン、ソーセージのバランスもちょうどいい。

氷の入ったグラスに注がれたアイスティーは、冷たくて澄んだ味がした。

「いただきます」と、声に出してからフォークを取った。

ふと、大学時代の昼休みを思い出す。
急いでかきこむように食べていた学食のナポリタン。
隣に座って「そんなに急いで食べなくても、昼休みは逃げないぞ」って笑っていた信吾の顔。

あの時も今も、私はせっかちなのかもしれない。

でも今日は違う。
一口ずつ、味わって食べている。

静かなカフェの空間のなかで、
美和子の中に、ふわりとした“余白”が生まれていた。

過去の記憶がよみがえってきても、苦しくならない。
むしろ、その記憶が今日のこの一皿を、少しだけ優しくしてくれているように思えた。

食後のアイスティーをゆっくり飲みながら、美和子はスマホを取り出す。
物件検索アプリを開いた。
「静かで、陽当たりがよくて、本屋とカフェが近くにある街」
そんな条件でエリアを絞ってみる。

住みたい場所。
これからの時間を過ごしたい場所。
どんな部屋で、どんな暮らしをしたいだろう。

それは、誰のためでもなく、自分のために考えていい。
そう思えたのはきっと、信吾が「君の人生は君のものだ」と言い続けてくれたからだ。

アイスティーのグラスの中の氷が、少しずつ小さくなっていく。
外は少し風が出てきたようだった。

席を立ち、伝票を持ってレジに向かうとき、
美和子は店員に小さくお辞儀をして言った。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

それは、今日一日を丁寧に生きられたような、そんな気持ちをこめた言葉だった。

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