25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
マンションの内見は、予想以上に良かった。
新築で清潔感があり、間取りもゆったりとしていて、ひとり暮らしには十分すぎるほど。
設備も整っていて、必要なスペースはしっかり確保されている。
賃貸と分譲が併設されているのも、今の美和子にはちょうどよかった。
「まずは街に慣れてから……」——そんな思いにも、ちゃんと応えてくれる選択肢がある。

いくつかのタイプの間取りを案内してもらえたのも嬉しかった。
そして何より、急な申し出にもかかわらず内見が叶ったのは、
真樹の会社がこの不動産会社と取引があるおかげだった。

「この駅で降りて、よかった」
美和子は心からそう思った。

見学を終え、ロビーで改めて真樹に向き直る。

「今日はありがとうございました。ここに……決めます」

一礼する美和子に、真樹がふっと笑みを浮かべる。

「じゃあ、今住んでいるマンションを売るときは、俺に手伝わせてくれ」

「そんな……そこまでしてもらうわけには」

遠慮がちにそう言うと、真樹は少し肩をすくめて、いつになく柔らかな声で言った。

「家族だろう?」

一瞬、息が止まりそうになった。
冗談にしては、真っ直ぐすぎる目をしていた。

その場にいた不動産の担当者が、目を輝かせて言った。

「ぜひ、私にお任せください。責任もってサポートいたします」

流れが決まり始めていた。
偶然のようで、どこか用意されていたような奇妙な連なりに、美和子は抗わずに頷いた。

「よろしくお願いします」

頭を下げたその瞬間、背後から吹いた風が、なぜか心地よく感じられた。

「ここから近くに、俺のお気に入りのレストランがあるんだ。夕飯、どう?」

再び車に戻る途中、真樹が何気ない口調で誘った。

「……ご迷惑じゃありませんか?」

「迷惑なら誘わないよ。何なら、君の引っ越し祝いってことで」

笑って言うその顔が、ほんの少しだけ、昔の面影を残していた。

「じゃあ……ご一緒します。せっかくなので」

美和子は小さく笑って頷いた。

——偶然に導かれるように始まった今日という一日が、
少しずつ、でも確実に、過去とは違う何かを開いていく気がした。

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