25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
美和子を駅まで送り届けたあと、彼女の後ろ姿が人波に紛れて見えなくなった瞬間、真樹はポケットからスマートフォンを取り出した。

「さっきの担当の方……今、まだビルディング内にいますか?」

内見に立ち会っていた営業マンは、すぐに応答した。「はい、います。社長、何か?」

「別の部屋を見せてほしい。できれば、上の階を」

わずか数分後。真樹は再びマンションのエントランスに立っていた。

美和子が契約したのは五階の部屋。天井が高いため、実際の五階以上に眺望が良い。そのことも、美和子は嬉しそうに語っていた。

けれど真樹が向かったのは、さらにその上。最上階の一室。
広さも間取りも、美和子の部屋よりグレードが高く、キッチンのカウンターは一回り大きい。リビングから見える景色は、日中の陽光をたっぷり含んでいて、夜には星がよく見えるだろう。

「ここにします。すぐ手配を。契約内容は前回通りで構わない」

即答だった。

営業担当が慌ててメモを取る横で、真樹はゆっくりと目を閉じた。

——浮かぶのは、美和子の笑う顔。
「あ、このキッチン、ちょっと広めなんですね。ここでコーヒー淹れたら気持ちよさそう」

そんな彼女の声が、まるで今ここにあるようだった。

「……悪くないな」

そう呟いた真樹の声には、深い確信が滲んでいた。

彼は、もう決めていた。

美和子を追いかけたり、求めたりするつもりはない。
ただ、彼女のすぐ隣にいることを、自分自身に許しただけだ。

それが“運命”というなら、甘んじて受け入れる。
——ただし、自分の手で引き寄せる。

担当者に念を押した。

「この部屋のことは……彼女には決して漏らさないように。いいね?」

「……かしこまりました」

念を押すと、真樹は一人、マンションを後にした。
外はすでに暗くなっていた。

タクシーに乗り、スマートフォンを取り出す。そこには、美和子からのメッセージが届いていた。

——今日はありがとうございました。内見もお食事も楽しかったです。無事に帰宅しました。おやすみなさい。

真樹は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。

たったそれだけのやりとりなのに、満たされる。
けれど、それだけでは——もう足りない。

「……メッセージなんかじゃ、もう物足りないな」

声にならない想いが、胸の奥から溢れていく。
明日はどこへ誘おうか。どんな顔を見せてくれるだろうか。

ゆっくりと口角が上がっていく。
思考はすでに、次の“手”へと進んでいた。

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