25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

「送っていくよ」

そう言った真樹に、美和子は丁重に断りを入れた。

「大丈夫です、駅も近いですし。今日はありがとうございました」

「そうか。でも——着いたら知らせてくれ。約束だよ」

お決まりのようにそう言われ、美和子はうなずいた。

——こういうところ、やっぱり強引な感じがする。

帰宅後、言われた通りに“無事着いた”とメッセージを送った。
内見のお礼と食事のお礼も添えて、「おやすみなさい」と結んだ。

ただの挨拶。無事を知らせるだけ。
それだけのことだとわかっている。

けれど、“真樹にお願いされると断れない自分”がいる。
「家族だから」と、自分を無理やり納得させながら、スマートフォンをそっと置いた。

気持ちを切り替えて、入浴後、娘の佳奈にメッセージを送る。

——引っ越すことにしたよ。

すぐに電話がかかってきた。

「お母さん、どこに引っ越すの?あのマンションは売ることにしたの?家具はどうするの?」

矢継ぎ早に問いかけてくる声が、どこかうれしそうで、美和子は自然と笑ってしまう。

ひとつひとつ答えていくと、住まいが近くなるとわかった佳奈が声を弾ませた。

「よかったぁ。もっと頻繁に会えるね。あの辺、私も好きなんだよね」

「え?お母さんの持ち物なんだから、好きにすればいいの。
お母さん、まだ若いんだから。これから出会いもあるかもしれないし!」

「若いって……何言ってるの」と美和子が笑うと、佳奈がすかさず言った。

「お父さん、よく言ってたでしょ。
“お母さんと私が幸せでいることが、自分の幸せだ”って。
だから“いつも幸せでいてくれ”って——」

少し、声がやさしくなる。

「私も、一緒。お母さんが幸せでいることが、一番うれしいよ。
お母さんだって、私が今、颯真くんと一緒にいられて幸せなの、うれしいでしょ?」

「……うん。すごく、ほっとしてるよ」

「引っ越しの手伝いはいいの?呼んでよね。
新居が片付いたら、ぜひ招待してね」

「うん、もちろん」

「……あ、颯真くんが帰ってきた。じゃあ、またね!」

そう言って電話が切れた。

リビングに、静けさが戻る。

けれど、美和子の胸の奥は、ほのかにあたたかく満ちていた。

「……そうね。あとは、前に進むだけ」

ふと、本棚に目をやると、そこにある一冊のアルバムを手に取った。
懐かしいページをめくるたびに、過去と現在が穏やかに重なっていく。

幸福感に包まれながら、明日のことを思う。

——明日は、あのパンプスを履いていこう。
どの服を着ていこうかな。

そんなふうに、小さな楽しみを抱きながら、
美和子は新しい一歩を、自分の心で確かに踏み出そうとしていた。

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