25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
残業を終え、美和子はようやくマンションに戻ってきた。

エントランスに足を踏み入れた瞬間──今朝の出来事が、まざまざと蘇る。

(……そうだ。真樹さんも、このマンションに住んでるんだった)

どう受け止めればいいのか、まだわからない。
動揺はしている。でも、それだけじゃない。
なんだか妙に、胸の奥がざわつくのだ。

気持ちを落ち着けるように、美和子は湯沸かしのスイッチを入れた。

新しいバスタブは、ちょうどいい深さと広さ。
手足を伸ばして、ふうっと息をつくと、思わず笑みがこぼれた。

(今日は何を作ろう……)

明日は休み。
少しゆっくり晩酌でもしようか──そう思っていると、風呂が沸いたことを告げる音楽が流れてきた。

着替えようとして、ふと鏡に映った自分の姿を見て手が止まる。

無機質な、ベージュの機能性下着。
特に不満はない。でも……つまらない。

(そろそろ変え時かもしれない)

かつて大好きだったランジェリーショップ。
華やかなレースや繊細なシルクの感触。
美しさを纏う感覚。
「私、女なんだ」と思い出せるような、あの特別な時間。

(明日、見に行こう)

佳奈も「出会いがあるといいね」なんて、にやにやしながら言っていたっけ。
ふとその言葉を思い出して、美和子は小さく笑った。

湯船では丁寧に足をマッサージし、髪のトリートメントも念入りに。
身体を拭いて、ゆったりとしたお気に入りのルームワンピースに着替えると、冷蔵庫を開けて晩酌の準備にとりかかった。

(よし、完璧……)

そう思った瞬間、ふと気づく。

(……飲みたいビールが、ない)

今日の気分はあの味。あれでないと、締まらない。

(我慢する? でも、今日はあれが飲みたい)

時計を見る。21時。

(遅くはない。コンビニならきっと置いてる)

財布と携帯を手に取り、家を出た。

そして、エントランスに差しかかったとき──
ちょうど車から降りてきた人物と、目が合った。

スーツ姿の真樹だった。

「……あ、真樹さん。こんばんは。おかえりなさい」

思わず、少しだけ声が上ずった。

彼は少し意外そうに目を細めると、にこりと笑った。
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