25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
美和子は、ふと気づいた。

──すっぴんだ。

思わず顔を隠すように下を向く。

「じゃ……」とその場を離れようとした瞬間、真樹が眉間にしわを寄せて尋ねてきた。

「今からどこに行くんだ?」

その声音に思わずびくりとする。

「え?……ええと、ちょっとコンビニまで」

「俺も行く」

「えっ?真樹さんもコンビニに用事が?」

真樹は小さくため息をついて、呆れたように言った。

「こんな時間に君を一人で行かせられるわけないだろう」

「え、でもすぐそこですし、まだ9時台だし……」

「そういう問題じゃない!」

その言葉に返す間もなく、真樹は美和子の手を握り、そのままスタスタと歩き出した。

「ちょ、ちょっと……!」

思わず引っ張られるようについていく。

(なにこれ……手……つないでる……⁉)

気づいた瞬間、顔が熱くなる。けれど、引き離すタイミングも逃してしまった。

コンビニに着くと、真樹がかごを手に取りながら尋ねた。

「で、何を買うんだ?」

「えっと……あのビールを」

「来客でもあるのか?」

「……いませんけど!」
思わず声が強くなる。

「今夜は、どうしてもこのビールで晩酌したい気分なんです。残業で遅くなったし、明日が休みで……つい長湯になってしまって、こんな時間に……」

少し早口で言い訳するように話すと、真樹はほっとしたように微笑んだ。

「そうか」

その穏やかな声に、美和子の気持ちもやわらぐ。

「つまみはどうする?」

「それはもう、準備してあります」

「……そうか。じゃあ、これなんかどうだ?」

そう言ってスイーツの棚から小さなケーキを取り出してくる。

「あ、いいですね。塩気のあるものばかりだから、甘いのもちょっと欲しくなるかも」

そう答えると、真樹は「選べ」と言っていくつかのスイーツを美和子に選ばせ、何も言わずにスマートに会計を済ませた。

(……ずるい。こういうところ)

帰り道、真樹が袋を持ってくれていた。

「真樹さんも、コンビニで買い物するんですね」

「当たり前だ。仕事にも関係することもあるしな。新商品チェックとか、アイディアに詰まったときにふらっと来ることもある」

「へえ……なんだか、ちょっと意外です」

そう話していると、前方から千鳥足の中年男性がふらつきながら近づいてきた。

瞬間、真樹が美和子の肩をぐっと引き寄せる。

驚いて目を見開く間もなく、そのまま無言でエントランスまで歩いた。
彼の手が肩から離れる直前──

「……君、いい香りがするな」

低く囁かれた声が耳元に落ちた。

美和子は、思わず真樹を見上げた。
驚きと、ときめきと、混乱と。

真樹はにんまりと笑って、エレベーターのボタンを押す。

押されたのは──「5」。

(え……?寄るつもり……なの?)

言葉にできない困惑がよぎった瞬間、真樹が言った。

「荷物を置いたら、帰るよ」

ほっとしたような、でもどこか寂しさもある感情が胸に広がる。

部屋に入ると、真樹はまっすぐキッチンのカウンターに荷物を置いた。

「じゃあ、おやすみ」

玄関へ向かって歩き出す、その背中を見て、気づいた。

(……疲れてる)

背中に、横顔に、わずかな疲労の色。

気がついたときには、言葉が口をついて出ていた。

「あの……真樹さん。おなか、すいていませんか?」
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