25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
シャワーを浴び、軽く整えた髪に手を通してから、真樹は美和子の部屋へ向かった。
チャイムを鳴らすと、ドアの向こうからエプロン姿の美和子が現れた。

……可愛い。
たまらなく、可愛い。

ほんのり上気した頬、控えめな笑顔、首筋にゆれる小さなピアス。
キッチンからはバターと卵と砂糖が混ざり合った、甘くて優しい香りが漂ってくる。

「ごめんなさい、火をかけっぱなしで……」

美和子が慌てて小走りでキッチンに戻る。その後ろ姿を、真樹は目を細めて見つめていた。

「コーヒー飲みますか?」

振り向いた美和子の手には、あたためられたカップ。
なんて気の利く人なんだろう。こういう、さりげない優しさがたまらなく好きだ。

「俺がやるよ」

真樹は言って、ポットからゆっくりとコーヒーを注いだ。
湯気の立つ香ばしい香りと、キッチンから漂う甘い香りが混ざり合い、朝の静かな幸福に包まれていく。

「コーヒー、うまいな。ありがとう」

そう言いながら、もう一つの“香り”が恋しくなった。
真樹は静かに立ち上がると、キッチンに立つ美和子の背後にそっと回り――
そのまま、彼女を後ろからやさしく抱きしめた。

「……っ」

美和子は肩をすくめて、ほんの一瞬びくっと反応したが、身を離すことはなかった。
真樹はそっと彼女の髪に鼻を寄せ、静かにその香りを吸い込む。

柔らかく、心を落ち着かせるような香り。
そして、彼女そのもののぬくもり。

耳元で、低く囁く。

「……ただいま」

美和子はされるがままに、動かない。
その小さな背に預けられた沈黙が、まるで答えのようだった。

満足げに目を閉じた真樹は、ゆっくりと腕をほどき、彼女から離れた。

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