25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
サイレンを鳴らしながら、救急車は都心の大病院へ滑り込んだ。

ストレッチャーに乗せられた真樹の顔は、青白くて、静かすぎた。
美和子は手を握っていたいと願ったが、搬送室の前で遮られた。

「ここから先はご家族の方以外は……」

看護師がそう言いかけた、その瞬間だった。

「その女性は、父の婚約者です。」

はっきりとした声が、静まり返った廊下に響いた。

美和子が驚いて振り向くと、そこには颯真と佳奈がいた。
ふたりとも汗を滲ませている。
佳奈が駆けつけた勢いのまま、美和子の肩に手を添える。

「お母さん……無事でよかった」

「颯真くん……佳奈……」

言葉が喉で詰まり、美和子はただ唇を震わせた。

美和子は颯真の方を見つめたまま、深く頭を下げた。

「……ありがとう……ごめんなさい……」

「お礼なんて、いりませんよ」

颯真の声は優しかった。

医師が現れた。白衣の胸元に名札が光る。

「はい……!」


「頭部に軽度の打撲、全身に軽度の打撲、骨折はありませんでした。幸い、内臓損傷はなく、意識も……まもなく戻るでしょう」

「……ほんとうに……命に別状は……」

「ええ。処置は順調です。よくあんな状況で、あなたに大きな怪我がなかったですね。咄嗟に守られたんでしょう」

医師は意味深に微笑んだ。

その言葉が、美和子の胸の奥にしみこんだ。

守ってくれた。
何よりも、自分を優先して。

知らなかった。
誰かに命を賭けて守られるということが、こんなにも、心を震わせるなんて。

「ありがとうございます……」

医師が去ったあと、静かな廊下に、しゃくりあげる小さな音だけが残った。

医師の説明に、美和子は胸をなでおろした。

真樹は事故当日から数日間、経過観察のために入院することになった。脳への影響を慎重に見極める必要があるとはいえ、命に別状はなく、処置も比較的軽度で済んだ。入院はおよそ5日から1週間程度。その間は安静を保ちながら、痛み止めの投与と点滴による栄養管理が中心となった。

退院後も、無理のないペースでの生活復帰が求められる。医師からは、退院後2〜3週間ほどは自宅療養を基本とし、リモートでの仕事や外出は控えめにするよう指示があった。全身の打撲による筋肉の痛みや倦怠感はしばらく続くが、自然治癒を待てば徐々に和らいでいくという。

完全な回復までは、およそ1ヶ月。定期的な通院によるチェックを経て、再発や異常がなければ、以前と同じ生活に戻れるだろう。

病室に差し込む朝の光が、真樹の顔をやわらかく照らしていた。

点滴のリズムだけが響く静けさの中、彼はまだ目を覚まさない。医師の話では、頭部の打撲は軽度で、意識ももうすぐ戻るだろうとのことだった。けれど、それでも真樹のまぶたは、重たく閉じられたままだった。

──きっと、限界まで働き続けていたのだろう。
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