わがまま王子の取扱説明書
第一話 かわいそうなお姫様
私、セシリア・サイファリアは、
支度部屋の姿見に映る自分の姿に辟易としています。
なぜなら私は女の子だからです。
母親譲りの金色の髪に、父親譲りの翡翠色の瞳を持つ、
それはそれは愛らしい女の子だったのです。(←ここ重要)
まともに育てば、それこそ社交界の華、
隣国の王子たちの求愛の的になったであろう容姿です。
(自分で言うのもなんですが)
それがもとは腰まであった豊かな金色の髪は
肩のあたりで短く切り揃えられ、
濃紺のブリーチズにハイコートを着せられているのです。
これはいかにもな良家の貴族の師弟スタイル(♂️)でありますよ。
もとが整っているだけに、
それはそれで似合っていないわけではないのですよ?
(自分で言うのもなんですが)
これはこれで、まぁ、すれ違いざまに誰もが振り返るであろう
美少年という体であります。
(自分で言うのもなんですが)
「いいですね、セシリア。
あなたはこれからこの国の王太子ゼノア・サイファリアとして
隣国のライネル公国に入らねばなりません。
王妃である実の母に
しっかりと肩を掴まれて諭されておりますが、
この母親、実はとんでもないことを言っています。
嫌です。嫌すぎます。
ゼノアというのは私の双子の兄で、この国の王太子なのですが
悲しいかな、我が国サイファリアは小国であり、
近年自国で見つかった新しい資源をめぐる近隣諸国からの圧力に耐えかね、
同盟関係にあるライネル公国に庇護を求めたのですが、
ライネル公国は二国間の友好の証にと、
我が国の王太子ゼノア・サイファリアの上洛を求めたというわけなのです。
そういうわけで家臣、重鎮たちが会議を重ねた結果、
情勢不安定な中で
王太子ゼノアを国外に出すことはできないという結論に至りました。
王太子は国外に出さず、
しかしライネル公国の庇護は欲しいという、
いささか都合の良い話を現実にするべく、
王太子の妹であるこの私セシリア・サイファリアが兄ゼノアの影武者となり、
隣国のライネル公国で人質になることになったのです。
いくら双子で顔が同じだとはいえ、
性別が違ったり、
色々無理のある設定だと思いますけどねぇという私の意見は
遠い昔に闇に葬られました。
「あなたも王族に生まれた身、国家、国民のために尽くすことが運命なのです。
あなたの一挙手一投足がこの国の明暗を左右するのです。
いいですね、決して女であることを悟られてはなりませんよ」
言いたいことは色々ありますよ。
そりゃあ、突っ込みどころ満載ですよ?
ですがここは空気を読んで、
敢えて何も言わないことにいたします。
おや、母上が泣いておられますね。
私の肩を掴むその手が嗚咽に震えています。
これでは詰れません。
きっと誰よりも理不尽な目にあっているのは母上自身なのですから。
愛する娘を奪われ、人質に出さねばならないこの人の悲しみが
どうか癒されますように。
そう祈らずにはおれませんでした。
「母上、行くのは嫌です。私は母上のお傍にいたいのです。
そんなわがままな台詞を
一度くらいは言ってみたかったものです」
泣いている母上を慰めたくて、少しふざけて言ってみました。
こう見えて心を隠すのはけっこう得意なんです。
子供とはいえ、私だって王族の端くれなのですから。
いちいち心を晒していては、身が持ちません。
命を守る処世術といいましょうか、
そういう術を今よりももっと幼い頃から強要されて育ちました。
ですが心と行動があまりに違うとき、
ときどきとても苦しくなる時があるのです。
それは私がまだ子供だからなのでしょうか。
大人になったら平気になるのでしょうか。
けれどそれは心が死んじゃったって
ことなのではないのでしょうか。
そう思ったとき、
母上がきつく私を抱きしめました。
「母上、苦しいです」
母上の抱擁があまりにもきつかったので、
不覚にもちょっとだけ涙が出てしまいました。
◇◇◇
住み慣れた王城内の館の前に、一台の公用車が停められていました。
ピッカピカの黒塗りです。
ほう、さすがは大国、ライネル公国の公用車は艶が違いますね。
整備士さん、いい仕事をしています。
とりあえず、乗り込む前に指紋をつけておきました。
黒塗りの高級車には分厚い防弾ガラスがはめ込まれており、
厳重な近衛隊による警備に護られて母国を旅立ちました。
人質生活の幕開けです。
ああ、悲し気に高級車の先端で母国の国旗が揺れています。
建国の父エルローズの剣と百合の紋章です。
母国の国旗の風にはためく様を見ながら、
先ほどから脳内BGMドナドナが鳴りやみません。
運転手とその横にはSPがつき、後部座席の私の隣には、
乳母のマアナが同行しています。
その車の前方、後方には、
それぞれライネル公国の選りすぐりの近衛隊が特別車両で警備を固めています。
あっ、ちょっと今、調子に乗った感じの近衛隊の白バイが1台、
なんでもない所で転倒したような。
でも、見なかったことにします。
そんなこんなで2時間半ほどの快適なドライブの後、
車は隣国の王都へと進んでいきました。
いよいよ王城への入城です。
王城への入城の際には、国賓は馬車と車とを選ぶことが、出来るのですが、
出来る限り目立ちたくなかったので、私は迷わず車を選びました。
ふうむ。
小国の人質(影武者)とはいえ一応の体裁と
その扱いは国賓の体を保ってくださっているようですね。
感謝なことです。
そして車が向かった先は
どうやら王城内にある王太子が住まう宮殿らしいです。
その車止めには一糸乱れぬ姿勢で館の執事が待機しており、
恭しく出迎えてくれました。
おやまぁ、これは美しい執事さんですね。
うちの爺やとは全然違います。
シュッとしています、シュっと。
ダークアッシュの瞳がとても印象的です。
「こんにちは、初めまして」
ドアを開け、執事に差し伸べられた手を取り、
とりあえず愛らしく微笑んでおきました。
なんせスマイルはゼロ円ですから。
外交の基本ですね。
「こんにちは、長旅お疲れさまでございました。
お待ちしておりましたよ、ゼノア様」
そう言って執事さんも微笑みを返してくれましたが、
あれ?
この人なんだか目は笑っていない感じがします。
サロンに通されて、格式の高そうなお茶を頂いていたら、
先ほどのダークアッシュの瞳の執事さんが来てくれて、色々と説明をしてくれました。
てっきり迎賓の館を一つ宛がわれるのだと思っていたら、
どうやらこの館でこの国の王太子と同居することになるそうです。
心底やめてほしいと思っていますが、弱小国の人質王太子(の影武者)ごときでは、
そもそも口を挟める立場にありません。
そんな私の思いを知ってか知らずか、執事さんがぐいぐい来ます。
「ここにはゼノア様と年の近い、ミシェル王太子がお住まいですので、
きっとすぐに仲の良いお友達になれると思いますよ」
そう言って執事さんは白い歯を見せてニコッと微笑んでくれるのですが、
やっぱりその瞳の奥は決して笑っていないと思ってしまう私の心は
どこかひねくれているのでしょうか。
「わぁ、そうなんだ~、楽しみだなぁ」
一応子供らしく、そう言っておくことにしました。
「お部屋も居間を挟んでミシェル王太子の隣に用意させていただきました」
やたらとぐいぐい来ますね。
何かが私のレーダーに引っかかっていますよ?
「わぁ、そうなんだ~、ミシェル様はチェスはお好きですか?
私の相手をしてくださると嬉しいのですが」
とりあえず適当に話を合わせておくことにしました。
ああ、外交って肩が凝りますね。
支度部屋の姿見に映る自分の姿に辟易としています。
なぜなら私は女の子だからです。
母親譲りの金色の髪に、父親譲りの翡翠色の瞳を持つ、
それはそれは愛らしい女の子だったのです。(←ここ重要)
まともに育てば、それこそ社交界の華、
隣国の王子たちの求愛の的になったであろう容姿です。
(自分で言うのもなんですが)
それがもとは腰まであった豊かな金色の髪は
肩のあたりで短く切り揃えられ、
濃紺のブリーチズにハイコートを着せられているのです。
これはいかにもな良家の貴族の師弟スタイル(♂️)でありますよ。
もとが整っているだけに、
それはそれで似合っていないわけではないのですよ?
(自分で言うのもなんですが)
これはこれで、まぁ、すれ違いざまに誰もが振り返るであろう
美少年という体であります。
(自分で言うのもなんですが)
「いいですね、セシリア。
あなたはこれからこの国の王太子ゼノア・サイファリアとして
隣国のライネル公国に入らねばなりません。
王妃である実の母に
しっかりと肩を掴まれて諭されておりますが、
この母親、実はとんでもないことを言っています。
嫌です。嫌すぎます。
ゼノアというのは私の双子の兄で、この国の王太子なのですが
悲しいかな、我が国サイファリアは小国であり、
近年自国で見つかった新しい資源をめぐる近隣諸国からの圧力に耐えかね、
同盟関係にあるライネル公国に庇護を求めたのですが、
ライネル公国は二国間の友好の証にと、
我が国の王太子ゼノア・サイファリアの上洛を求めたというわけなのです。
そういうわけで家臣、重鎮たちが会議を重ねた結果、
情勢不安定な中で
王太子ゼノアを国外に出すことはできないという結論に至りました。
王太子は国外に出さず、
しかしライネル公国の庇護は欲しいという、
いささか都合の良い話を現実にするべく、
王太子の妹であるこの私セシリア・サイファリアが兄ゼノアの影武者となり、
隣国のライネル公国で人質になることになったのです。
いくら双子で顔が同じだとはいえ、
性別が違ったり、
色々無理のある設定だと思いますけどねぇという私の意見は
遠い昔に闇に葬られました。
「あなたも王族に生まれた身、国家、国民のために尽くすことが運命なのです。
あなたの一挙手一投足がこの国の明暗を左右するのです。
いいですね、決して女であることを悟られてはなりませんよ」
言いたいことは色々ありますよ。
そりゃあ、突っ込みどころ満載ですよ?
ですがここは空気を読んで、
敢えて何も言わないことにいたします。
おや、母上が泣いておられますね。
私の肩を掴むその手が嗚咽に震えています。
これでは詰れません。
きっと誰よりも理不尽な目にあっているのは母上自身なのですから。
愛する娘を奪われ、人質に出さねばならないこの人の悲しみが
どうか癒されますように。
そう祈らずにはおれませんでした。
「母上、行くのは嫌です。私は母上のお傍にいたいのです。
そんなわがままな台詞を
一度くらいは言ってみたかったものです」
泣いている母上を慰めたくて、少しふざけて言ってみました。
こう見えて心を隠すのはけっこう得意なんです。
子供とはいえ、私だって王族の端くれなのですから。
いちいち心を晒していては、身が持ちません。
命を守る処世術といいましょうか、
そういう術を今よりももっと幼い頃から強要されて育ちました。
ですが心と行動があまりに違うとき、
ときどきとても苦しくなる時があるのです。
それは私がまだ子供だからなのでしょうか。
大人になったら平気になるのでしょうか。
けれどそれは心が死んじゃったって
ことなのではないのでしょうか。
そう思ったとき、
母上がきつく私を抱きしめました。
「母上、苦しいです」
母上の抱擁があまりにもきつかったので、
不覚にもちょっとだけ涙が出てしまいました。
◇◇◇
住み慣れた王城内の館の前に、一台の公用車が停められていました。
ピッカピカの黒塗りです。
ほう、さすがは大国、ライネル公国の公用車は艶が違いますね。
整備士さん、いい仕事をしています。
とりあえず、乗り込む前に指紋をつけておきました。
黒塗りの高級車には分厚い防弾ガラスがはめ込まれており、
厳重な近衛隊による警備に護られて母国を旅立ちました。
人質生活の幕開けです。
ああ、悲し気に高級車の先端で母国の国旗が揺れています。
建国の父エルローズの剣と百合の紋章です。
母国の国旗の風にはためく様を見ながら、
先ほどから脳内BGMドナドナが鳴りやみません。
運転手とその横にはSPがつき、後部座席の私の隣には、
乳母のマアナが同行しています。
その車の前方、後方には、
それぞれライネル公国の選りすぐりの近衛隊が特別車両で警備を固めています。
あっ、ちょっと今、調子に乗った感じの近衛隊の白バイが1台、
なんでもない所で転倒したような。
でも、見なかったことにします。
そんなこんなで2時間半ほどの快適なドライブの後、
車は隣国の王都へと進んでいきました。
いよいよ王城への入城です。
王城への入城の際には、国賓は馬車と車とを選ぶことが、出来るのですが、
出来る限り目立ちたくなかったので、私は迷わず車を選びました。
ふうむ。
小国の人質(影武者)とはいえ一応の体裁と
その扱いは国賓の体を保ってくださっているようですね。
感謝なことです。
そして車が向かった先は
どうやら王城内にある王太子が住まう宮殿らしいです。
その車止めには一糸乱れぬ姿勢で館の執事が待機しており、
恭しく出迎えてくれました。
おやまぁ、これは美しい執事さんですね。
うちの爺やとは全然違います。
シュッとしています、シュっと。
ダークアッシュの瞳がとても印象的です。
「こんにちは、初めまして」
ドアを開け、執事に差し伸べられた手を取り、
とりあえず愛らしく微笑んでおきました。
なんせスマイルはゼロ円ですから。
外交の基本ですね。
「こんにちは、長旅お疲れさまでございました。
お待ちしておりましたよ、ゼノア様」
そう言って執事さんも微笑みを返してくれましたが、
あれ?
この人なんだか目は笑っていない感じがします。
サロンに通されて、格式の高そうなお茶を頂いていたら、
先ほどのダークアッシュの瞳の執事さんが来てくれて、色々と説明をしてくれました。
てっきり迎賓の館を一つ宛がわれるのだと思っていたら、
どうやらこの館でこの国の王太子と同居することになるそうです。
心底やめてほしいと思っていますが、弱小国の人質王太子(の影武者)ごときでは、
そもそも口を挟める立場にありません。
そんな私の思いを知ってか知らずか、執事さんがぐいぐい来ます。
「ここにはゼノア様と年の近い、ミシェル王太子がお住まいですので、
きっとすぐに仲の良いお友達になれると思いますよ」
そう言って執事さんは白い歯を見せてニコッと微笑んでくれるのですが、
やっぱりその瞳の奥は決して笑っていないと思ってしまう私の心は
どこかひねくれているのでしょうか。
「わぁ、そうなんだ~、楽しみだなぁ」
一応子供らしく、そう言っておくことにしました。
「お部屋も居間を挟んでミシェル王太子の隣に用意させていただきました」
やたらとぐいぐい来ますね。
何かが私のレーダーに引っかかっていますよ?
「わぁ、そうなんだ~、ミシェル様はチェスはお好きですか?
私の相手をしてくださると嬉しいのですが」
とりあえず適当に話を合わせておくことにしました。
ああ、外交って肩が凝りますね。
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