わがまま王子の取扱説明書

第三話 セシリアの外交

「私の目にはミシェル様はとても美しい方だと映っております」

ミシェル様は相変わらず死んだ魚の目をして、何と言いますか、ぐにゃっとしております。

「どうしてそう思う?」

そう私に問うその声色も
全く生気がありません。

「だって、ミシェル様は私の長旅を気遣ってくださったではありませんか。
 取るに足らないこんな私にさえ、ミシェル様は優しさをくださいました。
 ですから、私の目にはミシェル様は誰よりも美しい方として映っております」

それが本心だったのか、ただの上っ面を取り繕った社交辞令だったのか、
私自身も良く分からないことを、気が付いたらペラペラと喋っていました。

それはあながち全くの嘘というわけではありませんでした。
ですが同時に社交辞令としても無難な言葉でした。

この言葉ではどうやらミシェル様の心に届かなかったようです。
凍てついたダークアッシュの瞳がただのガラス玉のように私を映しています。

あれ? 私、なんだかだんだんイライラとしてきましたよ?
ここは外交の場、良くない兆候です。

「ところでミシェル様は、どうして食事をなさらないのです?」

ミシェル様の前には、ほぼ口をつけられていない状態で、
前菜からの料理一式が並べられているのです。

「今日のメニューは私の口に合わないからだ」

ミシェル様はフンッと鼻を鳴らしソッポを向きました。

うん、これは絵に描いたようなわがまま王子です。間違いない。

おやおや、部屋にいる使用人たちが一様に痛々しい表情を浮かべていますね。
ミシェル様のことが心配でたまらないといった表情です。

うん。ミシェル様は皆に愛されているんですね。

そう思うと少しほっこりしました。

そういうことでしたら、この私が一肌脱ぎましょう。

いや、実際には色々後ろ暗いことが多くて、
絶対に脱げないですけどね。

「ああ、だからですね。ミシェル様は体格も貧弱でモヤシみたいなのは」

合点がいったというごとくにポンと手を打って私、無邪気さを装って微笑んでみました。

「貧弱……、モヤシ……だと?」

ミシェル様のこめかみに青筋が走り、目が座りました。
ほう、良い傾向です。

外交? ええ、ちゃんと理解していますよ。
そりゃあ、私だって王族の端くれですから。

「ようし、だったらそこでちゃんと見ておけ、
この私のグレイトな食べっぷりを!」

何かのスイッチが入ったらしいミシェル様は目の前の食事を綺麗に平らげました。
それを見ていた使用人たちが一様に拍手を喝采しております。

え? なにこの『クララが立った』的な雰囲気は。

その雰囲気に引きつつ、アレックを見ますと、
あのアレックが初めて心からの笑みを浮かべておりました。

彼の目が少し赤くなっていると思うのは、私の気のせいでしょうか。
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