『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。
【許されない笑顔と、偽りの“友情”】
⸻
「おはよ、のあ」
朝の教室。
その声は、何事もなかったかのように響いた。
……彩芽。
何食わぬ顔であたしの隣に立ち、笑ってる。
昨日の晒し行為がなかったかのように。
「……」
無言で鞄を置いたあたしに、彼女はくすっと笑った。
「どうしたの? 元気ないじゃん」
――ざわり。
クラスの空気が動いた。
目立たないように見てくる視線。
ひそひそ話す声。
“昨日のこと”、みんな知ってる。
でも、誰も何も言わない。
何も触れない。
まるで触れたら自分も巻き込まれるとでも言うように。
あたしだけが、孤立していた。
「……彩芽」
ようやく声を出した時、喉が少し痛んだ。
「なに?」
「……なんで、こんなことするの?」
彼女は、ひと瞬きもしないで答えた。
「何が?」
「……あたし、彩芽に何かした?」
「してないよ?」
さらっと、そう言った。
「だからさ、あたしは“何もしてない”。…ただ、のあが嫌われる理由があったってだけ」
「――は?」
「だってさ、のあって、全部持ってるじゃん。顔も、スタイルも、彼氏も、人気も。…ずるくない?」
あたしが何も返せないまま、彼女はにっこり笑った。
「ねぇ、のあ。友情って、さ、どこから嘘になると思う?」
「……」
「“うらやましい”って思った瞬間から、だよ」
……心が凍った。
この子は、本当に、あたしの友達だったのか。
「…最低」
「あんたに言われたくないな。あんたの“無自覚な優越感”が、いちばん人を傷つけるんだよ?」
その言葉で、胸がぐさりと抉られた。
(そんなつもり、ないのに……)
「……ねぇ、また面白いの作ってあげようか?」
「……なにを」
「“浮気してる証拠動画”とか。“クスリやってる風な写真”とか?」
ふざけてる。
でも、目が笑ってなかった。
「やめてって言ってるのに、なんで……!」
「のあってさ、“お願い”しかできないじゃん。だから、壊されるんだよ?」
(お願い……?お願いってなに……?)
彼女は小さく笑いながら席に戻った。
何もなかったように、教科書を開いて、普通の女子高生の顔をして。
(あの子は――もう、普通じゃない)
背中がぞくりとするほどに、狂気だった。
そして、それを止めようとする人は、誰もいなかった。
⸻
放課後。校舎裏。
「……のあ、大丈夫?」
ゆあの声に、あたしはかすかに頷いた。
「彩芽、もう完全に壊れてる。あいつ、のあを追い込む気だよ」
「わかってる。……でも、どうしたらいいかわかんない」
「うちらで、あいつの裏取りしてやろっか」
「裏取り……?」
「うん。さっき、何人かの子に話聞いた。どうやら彩芽、前の学校でも似たようなことしてたらしい」
「……え?」
「“親友だった子をSNSで追い込んで、退学させた”って」
その言葉に、心が凍る。
(また、繰り返してるんだ)
「だから、こっちも証拠集めて、ちゃんと先生にも見せないと。彩芽の“悪意”を、証明するの」
ゆあは、あたしの手を取った。
「のあは、なにも悪くない。絶対、負けないで。…うちら、仲間でしょ?」
――ぐらっと、胸の奥で何かが崩れた。
あたし、ひとりじゃない。
「ありがとう、ゆあ……」
「当たり前でしょ。……バカのあ」
そして、そのまま二人で階段を下りた時――
「……なにやってんの?」
声がした。
廊下の影。
そこにいたのは――彩芽だった。
「……」
目が合った瞬間、彼女の表情がぐにゃっと歪んだ。
「ああ、そっか。……“裏切り者”、いたんだね。ゆあちゃん」
ゆあが小さく息を呑んだ。
「……聞いてた?」
「全部。面白くなってきた。そろそろ“本気”出してあげる」
そして、ひとこと。
「覚悟しといて」
そう言って、彼女は踵を返した。
その背中から感じる異常な気配に、寒気が走った。
「……ヤバいね」
「うん。でも……負けない」
ゆあがそっとあたしの手を強く握った。
戦いが、始まる。
これはただの裏切りじゃない。
誰かの“人生”を壊そうとする、歪んだ執着。
でも、あたしはもう、逃げない。
あたしの味方は、ちゃんといる。
恋が、唯愛が、あきらが――。
だから、もう一度、立ち向かう。
どれだけ傷ついても、
この“友情のフリをした悪意”に、屈したくない。
(守るべきものがあるから、戦える)
これは、ただの学園ドラマじゃない。
壊れていく“日常”の中で、
それでも信じられる“絆”を、証明する物語だから。