『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。
恋が見た涙と、のあが見せた闇
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――こんなはずじゃなかった。
教室の天井をぼんやり見つめながら、あたしは何度も同じ言葉を呟いた。
誰がこんな未来を想像できた?
信じてた友達に裏切られて、
好きでたまらない彼氏の隣にも、今は“行けない”。
彩芽が“動いた”のは、あたしたちが階段で会話していた次の日の朝だった。
HRの最中、いきなり担任の杉山先生が真顔で口を開いた。
「白咲。……職員室へ、来なさい」
教室中が、静まり返った。
ゆあが不安そうに見つめる。
れんも、息を呑んで立ち上がりそうになった。
けど、あたしはただ小さくうなずいて、席を立った。
(また、なにか……起きた)
予感は、外れなかった。
⸻
「これは……君のアカウントのもの、で間違いないか?」
見せられたのは――とあるSNSの投稿。
『薬を飲んで気持ちよくなっちゃった♡』
と書かれた文章に、薬を手に笑ってる“あたし”の写真。
……合成。
即座にわかった。でも。
「……は? これ、合成です。あたしじゃありません」
「だが、投稿されたアカウントは白咲のものだ」
「違う。絶対に、誰かが乗っ取って……」
「パスワードが変更された形跡もない」
「……じゃあ、誰かに勝手にスマホ見られたか……!」
動悸が早くなる。
息が苦しくなる。
こんなの――証明できるわけない。
「……すまないが、保護者と連絡を取らせてもらう。校則により、外部の調査機関に確認を――」
「待ってください!!」
叫んだ声が、自分のものじゃないみたいだった。
「やってない。絶対に、そんなことしてない! 本当に!」
「気持ちはわかる。だが、証拠がある以上、君を守るのは難しい」
先生の声は、冷たかった。
(……信じてくれないんだ)
誰も、あたしを見てくれない。
ただ、画面の中の“にせもの”を見て、
それが“真実”だと決めつける。
――何度目?
(壊れていくのは、わたしのせい?)
ぐらり、と視界がゆれる。
喉の奥が詰まって、呼吸が浅くなっていく。
「……いま、保健室に……」
「いらないっ……!」
言い終える前に、あたしは走り出していた。
職員室を飛び出し、誰もいない渡り廊下を抜けて、
あたしは――階段の裏、いつも一人になれる非常階段の踊り場に身を隠した。
「……なんで……なんで……!」
目から零れた涙は、止まらなかった。
膝を抱えて座り込み、必死で自分の心を保とうとするけど――
「……のあ」
――声がした。
この声だけは、忘れたことがない。
「……れん……」
顔をあげたとき、あたしはもう、泣き崩れていた。
制服の袖で涙を拭いても、次々溢れてくる。
「やっぱり、ここにいた」
れんは、そう言って隣にしゃがみ込む。
「先生がさ、“薬使った”とか、わけわかんねーこと言ってんの、聞いた。」
「……あたし、そんなもん……」
「信じるわけないだろ」
「でも……先生は、信じてくれなかった……!」
「信じるとか信じねぇとか、関係ねぇよ。俺が、のあを“信じてる”。それだけで十分じゃん」
その言葉が、
どれだけあたしを救ったかなんて――れんは知らない。
「でも……また、あたしのせいで……れんが……」
「“あたしのせい”って言うな」
れんが、あたしの涙をそっと拭う。
「のあが泣くたびに、俺がどれだけ苦しいかわかんねぇだろ」
「……っ」
「もうさ、戦おうぜ」
「戦う……?」
「そう。誰かのせいにされて、自分を責めて、逃げてるだけじゃ、終わらねぇ」
れんの目は、まっすぐだった。
「彩芽が何をしたか、ちゃんと証明してやる。そのために動く。……俺も、唯愛も、あきらも。みんな、お前の味方だから」
それは――まるで光だった。
真っ暗闇の中で、唯一信じられる光。
(信じても、いいの?)
「……うん。……信じる、よ」
れんの胸に顔をうずめた。
温かくて、どこまでも優しい。
「……こっからだよ、俺らの逆襲は」
「……あたしも、ちゃんと立つ」
「立て。泣いていい。でも、下向くな。のあは、前向いてた方がずっと綺麗なんだから」
(あたしは――)
壊された日常の中で、
それでも残ってた“大切なもの”が、ここにあった。
もう逃げない。
見て見ぬふりもしない。
“友情”の皮をかぶった悪意を、
あたしが――この手で、引きずり出す。
この涙は、負けじゃない。
この涙は、始まり。
(わたしは、変わる)
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その夜。
ゆあから連絡があった。
『彩芽のスマホ、裏垢見つけた』
『のあの写真、加工してた形跡も残ってる』
『証拠、揃えられる』
画面の文字が震えて見えた。
――これは、終わりじゃない。
始まりだ。
“わたしを壊そうとしたもの”を、今度は、あたしが壊す番。
戦う力は、もうある。
支えてくれる人も、いる。
信じてくれる恋が、隣にいてくれる。
この涙を、
“闘う涙”に変える――。