『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。




夜の空気は、妙に冷たく感じた。

スマホの画面には、ゆあから送られてきた画像。
彩芽の裏垢と、そこにアップされていた“加工前後”の写真。
しかも――複数枚。

(ここまでやって……)

涙が出そうだった。でも、もう流さない。

“壊されるのを待つ側”から、
“戦う側”に、あたしは立った。

「れん。話があるの」

その夜、あたしは彼に電話をかけた。
するとすぐに、玄関のチャイムが鳴った。

「……来たよ」

いつも通り、早すぎる登場。

リビングには家政婦だけ。両親はいつものように不在で、兄たちは深夜帰宅。弟の天音も部屋から出てこない。

「……上、来る?」

「行く。今夜は、ちゃんと顔見て話したい」

二人で階段を上がり、あたしの部屋のドアを開けた。

いつもは軽く冗談を飛ばすれんが、今は黙ってあたしを見つめてた。

「……全部、見た?」

「ゆあから聞いた。画像も見た。……アイツ、完全に終わってる」

れんの声は、静かだったけど、怒りが滲んでいた。

あたしは、うなずいてからスマホを取り出し、改めて一つ一つ確認した。

『裏垢:@__aym__real』
『加工アプリの痕跡ログ(保存日時入り)』
『端末内の写真データ(元画像と加工画像)』

ゆあは、彩芽のスマホを“あきらの協力”で一時的に手に入れたらしい。
彼女の悪意は、もはや隠しきれないレベルで記録されていた。

「明日、先生に提出する。……校長にも、直接話す」

「のあ……」

恋が、そっとあたしの手を握った。

「……こわくない?」

「こわいよ。でも……このままじゃ、ずっと負けたままだから」

あたしは深く呼吸をして、彼の目を見た。

「戦って、終わらせたい。自分のために。みんなのために」

れんは、優しく微笑んだ。

「……惚れ直したわ」

そのまま、あたしの額にキスを落とした。

「じゃあ、俺も戦う。のあと一緒に。全力でな」

その夜、久々に深く眠れた。
夢の中で、誰かが言った。

――“おかえり、本当の自分”



翌朝、学校に着くと、校門前で唯愛とあきらが待っていた。

「のあ!!」

ゆあが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「やっと……動けるね」

「うん。……ありがと、唯愛」

あきらは、ポケットから小さなUSBを取り出して渡してくれた。

「証拠、ここに全部入ってる。データのバックアップは俺と唯愛が管理してるから、万が一の時も大丈夫」

「……本当に、ありがとう」

あたしの隣には、れん。
その隣に、唯愛とあきら。

“絶対に壊れない4人”。

誰が何をしても、ここの絆だけは変わらない。

あたしたちはそのまま職員室へ向かい、担任・杉山と教頭、そして校長が並ぶ前で証拠を提出した。

最初、杉山は怪訝そうな顔をした。

「確証がないと……」

「確証なら、ここにあります」

ゆあがきっぱり言い放った。

USBから映し出されたのは、彩芽の裏垢と投稿履歴。
加工前後の比較画像。
アプリの保存履歴、加工ログ、メタデータ。

あきらが説明を続ける。

「画像の作成日時、データの保持状態、投稿されたアカウントのIP、すべてが一致しています。明確な“加害”の証拠です」

数秒の沈黙。

やがて、校長が静かに言った。

「……正式に、生徒指導部が調査を始めます。白咲さん、美月さん、ご協力に感謝します」

あたしはただ、静かにうなずいた。

心臓の音が、まだ早い。
でも、確かに今――動き出した。

“あたしたちの正義”が。



その日の放課後。

教室に戻ると、彩芽が教室の隅でうつむいていた。

すでに事情は、クラスの一部に知れ渡っている。

「嘘だよね……?」
「アイツ、のあに嫉妬してたらしいよ」
「もともと怪しかったし」

――ヒソヒソ声が、耳に刺さる。

(あたしも、こうされてたんだ)

彩芽の肩が、小刻みに震えている。

目が合った。

その瞬間――彼女は席を立ち、あたしに歩み寄ってきた。

「……あんた……ッ、なんで、そんなに強いの……!」

涙を浮かべながら、彩芽が叫んだ。

「友達だったでしょ!? なんで、私ばっかり悪者にされるの……!!」

「彩芽……あんたが、選んだんだよ」

あたしは、感情を抑えて言った。

「裏切るってことは、そういうこと。全部、自分に返ってくる」

「ッ……ッ……!!」

「自分のしたこと、自分で背負いなよ」

そう言い捨てたあたしに、彩芽は何も返せなかった。

崩れるように、その場にしゃがみ込む。

……あたしはもう、振り返らなかった。

(終わりにしよう)

もう、怯えない。
もう、泣かない。

これが、わたしの“勝ち方”。



夜。

部屋の窓から月を見上げながら、あたしは呟いた。

「……終わった、ね」

そのとき、スマホに通知が届いた。

『From 天音:今夜、屋上来い。話ある』

……え?

(天音……?)

突然の弟からのメッセージ。

何かが――動き始める気がした。
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