『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。
『ねじれてく、想いと執着』
その夜、なかなか眠れなかった。
ベッドの中で、ずっとスマホの画面を見てる。
さっきの“非通知”メッセージが頭から離れない。
“親友”って、どこからがそうなんだろうね。
まるでわたしの心を読んでるみたいなタイミングで送られてくるメッセージ。
まるで、すぐそばに“それ”がいるみたいな感覚。
(ゆあ、なの……?)
考えたくない。
信じたくない。
でも、あの待ち受け――天音の写真。
あれが何よりも、答えを示しているように思えた。
「……はぁ」
わたしはスマホを枕元に置いて、天井を見つめた。
目を閉じても、心がざわついて眠れない。
***
朝、リビングに降りると、すでに天音が制服姿で食事をしていた。
「……おはよ」
「おう。お前、顔色悪い」
「寝不足かな」
「……変なメッセージ、また来た?」
ピクリ、と心が揺れた。
「……うん」
天音は、ナイフとフォークを置いて、あたしをじっと見た。
「誰だか、検討ついてる?」
「……わかんない。でも、ゆあのスマホに……天音の写真が、待ち受けになってて……」
天音の手が一瞬止まった。
「……そうか」
「天音、なにかされた?ゆあに……」
「いや、特には。でも、最近……なんか、変だった」
「変?」
「たとえば、やたら話しかけてきたり。
部活帰り、待ち伏せされてたり。
『のあには秘密ね』って言いながら、何回もLINEきてた」
「……それ、全部……」
「そう。お前に隠れて俺と繋がろうとしてた」
あたしは、喉の奥が苦しくなって、吐き気すら覚えた。
(ゆあ……どうして……)
「俺さ。別に、悪い気はしなかった。
お前の親友が俺を見てくれてるって思ったら、単純にうれしかったし」
「でも……」
「でもさ、俺に近づく理由が、“お前への嫉妬”とかだったら、
それはもう、ただの歪んだ感情だろ」
天音の言葉に、胸が締めつけられた。
「姉貴、これからどうしたい?」
「……あたし、ゆあとちゃんと話したい。
全部、嘘じゃないって信じたいから」
「そっか。じゃあ、俺は見守ってるよ」
天音のその言葉に、少しだけ心が救われた。
***
昼休み。
ゆあを屋上に呼び出した。
「のあ、どしたの?急に」
「……単刀直入に聞くね。
スマホの待ち受け、天音……だったよね?」
一瞬、ゆあの目が揺れた。
でもすぐに、にこっと笑って言った。
「あ、見ちゃった?
やだ〜、のあってば、細かいなあ」
「細かい……?」
「だって、ただの写真じゃん。
この前、撮らせてもらっただけ。カッコよかったから。
のあの弟くんだし、いいじゃん別に〜?」
「……でも、“親友”として、それってどうなの?」
「は?」
笑っていた顔が、すうっと冷たくなる。
「のあ、なに?
まさか、わたしが天音くん狙ってるって思ってるの?」
「……じゃあ、違うの?」
「っ……なにそれ。わたし彼氏居るのに疑ってるんだ。
親友に対して、そんなふうに思うんだ……」
「じゃあ、なんで天音とLINEしてたの?
『のあには秘密』って、何?」
「……聞いたの?はは、怖っ……まじでのあ、病んでんじゃん」
その一言で、頭が真っ白になった。
「……病んでる?」
「うん。最近のあ、なんか痛々しいもん。
SNSも、れんとも距離置かれてさ。
それで、親友のことも信じられないって。
まじで、終わってるよ」
「……ゆあ、本気で言ってるの?」
「本気。本音。
のあってさ、“かわいい”が正義だと思ってるでしょ?
自分が一番だって思ってるでしょ?
でもさ、もうみんな気づいてるよ。
あんたの“可愛さ”も、“信頼”も、“恋愛”も――全部、崩れてんの」
その言葉が、胸に刺さって、抜けなかった。
「ゆあ……なんで、そんなこと言うの……」
「だって。あんたが全部持ってるから、ムカつくのよ」
静かに、でも確実に、ゆあの目が狂気に染まっていった。
「天音くんね。わたしのこと、可愛いって言ったんだよ。
のあみたいに“完璧じゃない”から惹かれるって」
「……嘘」
「ほんとだよ?」
「やめて……」
「奪っちゃおうかな。
のあの弟くん、わたしが癒してあげるね」
その笑顔に、わたしの中の何かが――
プツン、と切れた。
「……もう、ゆあと親友とか、言えない」
「ふーん。じゃ、これで“他人”ってわけね?」
「もう、話しかけないで。近寄らないで」
「……それ、わたしに言うの?」
ゆあは、ひとつ息をついて、スマホを取り出した。
「じゃあさ。これ、拡散してもいい?」
画面には、わたしが“れん”とキスしてる動画。
それも、夜の公園で制服のまま、激しく抱きしめられてる映像。
(なんで……!?)
「これ、ずっと前から持ってたんだ。
ほんとは出すつもりなかったんだけど。
でもさ、のあが“わたしを捨てた”なら……もう、いいよね」
「……最低」
「ありがと♡あんたのおかげで、わたしも“変われた”」
そう言って去っていく背中に、震えが止まらなかった。
(親友って、なに?
信じるって、なに?)
屋上の風は冷たくて、わたしの頬を刺していった。
***
夜――
リビングで天音と顔を合わせた瞬間、あたしは堪えきれずに泣き崩れた。
「……天音……ゆあが……っ」
「全部、分かってる」
天音は、あたしを抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「大丈夫。俺がいる」
「……れんとの動画、持ってた……拡散するって」
「そいつ、もう終わりだな」
「どうして……みんな、わたしを壊そうとするの……?」
「それだけ、お前が輝いてるからだよ」
「……天音」
「姉貴だけは、俺が守る。
誰にも、触れさせない」
その言葉が、何よりもあたたかくて――
でも、どこか危うさも孕んでいた。
(……もう、恋じゃなくてもいい。
この人がいれば、それでいい)
あたしの中で、なにかがゆっくりと、確かに変わりはじめていた。