『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。
『親友の影、愛が歪んでいく』
朝起きて、リビングに降りると、
もう天音は制服を着て、ソファに座っていた。
「……起きたか」
「うん……おはよ」
「……顔、やばい。目、真っ赤」
あたしは反射的に手で目元を覆った。
昨日の夜――れんと、距離を置こうって言われたこと。
今になっても信じられない。胸が痛くて、息が苦しい。
「無理して学校、行くなよ」
天音の言葉は、やさしすぎて。
そのやさしさに、また涙が出そうになる。
「……行く。逃げたくない」
「逃げてんじゃねーだろ。あんな奴ら、こっちから切ってやればいい」
「でも、わたし……このままじゃ何も守れない」
ほんとは怖い。
行きたくない。
れんに会いたい。でも会って、どうしたらいいのかも分からない。
「……姉貴…」
天音が立ち上がって、あたしの髪にそっと触れる。
「無理すんなよ。俺は、全部分かってる」
そう言って微笑む顔は、時々、ほんとに弟じゃないみたいにドキッとさせられる。
制服を着て、鏡の前で自分を見た。
「……よし」
今日も、あたしは“白咲のあ”として、学校へ向かう。
***
教室に入った瞬間、空気がピリつく。
ざわっ、と空気が揺れるような感覚。
あたしを見て、そっとスマホをいじる子。
あからさまに笑ってくる女子グループ。
机の上に置かれた、1枚のプリント用紙。
『白咲のあ=弟と近親プレイ中(?)』
――そんな文字が、太い赤ペンで書かれていた。
「……っ!」
「のあ!!」
駆け寄ってくれたのは、ゆあだった。
「誰よこんなの!!あんたら最低すぎんでしょ!?!」
ゆあが怒鳴って、用紙を破り捨てる。
その瞬間、教室がシーンと静まり返る。
「……何見てんのよ。なにか言いたいなら正面から言えば?」
その堂々とした態度に、少し救われた。
「……ごめん、ゆあ……」
「バカ。わたしは味方って言ったでしょ?」
にこっと笑って、あたしの手を握る。
でも――
ふと見えた、ゆあのスマホのロック画面。
……待ち受けが、**“天音”**になってた。
(……え?)
一瞬、目を疑った。
でも確かに、画面には天音が制服で笑ってる写真。
(なんで……ゆあが……?)
言葉にならない不安が、胸に広がっていく。
***
放課後、誰にも言えないもやもやを抱えて、人気のない中庭へ向かった。
ベンチに座って、深呼吸。
そしたら――
「よっ、のあ」
見覚えのある男の子が、にやっと笑って立っていた。
「……誰だっけ」
「えー、ひど。俺、2年の野中だよ。知ってるっしょ?」
(……あ、二軍男子で、ちょっとヤンチャなグループの……)
「なに?」
「いやさ。ネットでお前の動画、見たんだけどさ。あれ、本物?加工?」
「……は?」
「マジで興奮したんだけど。やっぱギャルってやってんな~って」
「……最低。どいて」
「怒んなって。さ、俺とちょっとだけ遊ぼ?」
手を掴まれた瞬間――
「触んな」
その腕を、強引に引き剥がしたのは――天音だった。
「……天音」
「……あ?なんだお前、弟か?タイミング悪いよ」
「その口、二度と開けんな。殺すぞ」
その言葉に、野中の顔が引きつる。
「おい、マジでやべーってお前。通報すっぞ」
「してみろ。お前のスマホ、何が入ってるか全部晒してやるよ。
お前の裏垢も、動画フォルダも、な」
スマホを掲げる天音の顔が、静かに怒ってた。
「逃げんなよ、“野中”。お前の事もう全部調べたから」
野中は顔面蒼白で逃げていった。
「……ありがと、天音」
「言っただろ。“俺が守る”って」
あたし天音に、ぎゅっと抱きついた。
誰にも言えない不安と、あたしを守ってくれる彼のぬくもり。
それだけが、いまのあたしを支えていた。
(でも――)
(ゆあの、待ち受け画面……あれって……)
一筋の疑念が、頭の奥で静かにうごめき始めていた。
***
夜、自室でスマホを開いた瞬間。
またしても、“非通知”からのメッセージ。
そろそろ我慢の限界だよね?
君が傷つく姿、見てるのが好きだって言ったら、引く?
でも、天音くんには感謝してるよ。
君を壊すきっかけをくれたから。
(……誰?)
また1件、メッセージが届く。
“親友”って、どこからがそうなんだろうね。
その言葉に、背筋がぞわっとした。
(まさか……ゆあ、なの?)
親友の影が、ゆっくりと――歪み始めていた。