『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。

「偽りの笑顔、晒された素顔」





夜。
ベッドの上で、スマホの通知がひっきりなしに鳴り続けていた。

“@noa_official裏垢って本物?”
“まじでのあ、裏でこんなことしてたの?”
“モデルとしては好きだったけど、ちょっと引いた。”



次々と届くDM、コメント、晒された画像――
私は、ベッドの上で固まったまま、それらを見ていた。

彩芽の仕掛けた「第2の罠」は、私の裏垢のスクショ。
確かに、数年前に軽いノリで作っただけのアカウントだった。
愚痴や、恋へのちょっとした嫉妬、モデル仲間とのやりとり。
どれもリアルで、だからこそ致命的だった。


「これ、誰にも見せるつもりもなかったのに……」
そう呟いた声が、震えていた。



「……のあ、入るぞ」
ノックもそこそこに、天音が部屋に入ってきた。


「ちょ、お風呂上がりなのに!裸見え――」
「知ってる。見てねぇよ」

冷静に言いながら、彼はスマホを差し出した。

「これ、彩芽の裏垢。拾った」

その画面には、アイコンも名前も偽装されたアカウント。
でも、投稿内容は明らかに――彩芽。

「……見たことある、投稿の癖。文体。これ、彩芽のだ」
「よくわかるな」
「姉貴より観察力ある自信あるわ」

天音のその一言が、ふっと空気を軽くする。

私は彼の顔を見つめて、ぽつりと呟いた。

「……私、嫌われちゃったかな。もう、誰にも」

「は?」
天音はあきれたように眉を上げた。

「そんなワケねぇだろ。……姉貴は姉貴だよ」

「……」



「泣きたいなら泣けよ。ここでなら、誰にも見らんねぇから」



その言葉に、こらえていた感情が決壊する。

「うっ……ぐす……っ、やだ……やだよぉ……」

肩を震わせて泣く私を、天音は無言でぎゅっと抱きしめた。
姉じゃなく、ただの“女の子”として。

その温もりに、私は心を溶かされていく。




翌朝。
学校の空気は、昨日以上に重たかった。

私が教室に入ると、誰もが“何か”を隠すように視線を逸らす。
机の上には、マジックで何か書かれた紙が置いてあった。

【裏切りギャル】【彼氏いるくせにビッチ】【裏垢女】

そこには、ネットで流れていた言葉がそのまま再現されていた。

「……はは、わかりやす」
口元だけ笑ってみたけど、手は震えていた。

「のあ、大丈夫?」
唯一、変わらず声をかけてくれたのは、ゆあだった。

「ゆあ……」

「信じてる。私は、あんたがそんなことしないって知ってるから」

その言葉に、少しだけ涙が滲む。

「でもさ、……このままじゃダメ。反撃、しないと」

「反撃……?」

「彩芽がこれ仕掛けたって、証拠集めて晒してやる」

「でも……私がやったら、同じになっちゃう」

「違うよ。のあは“守る”ためにやるの。彩芽は“壊す”ためにやってる」

その言葉が、私の中で響いた。

昼休み。
教室を出て、トイレの個室に入ると、隣からクスクスと笑い声が聞こえた。

「マジうける~。のあ、どんだけ裏でえげつないの?」
「しかも、彼氏いるのに他にもいるってやばくね?」
「てか、ぶっちゃけ男も可哀想~」

声の主は、二軍女子。彩芽に近づいて調子に乗ってる子たち。

私はドア越しに深呼吸して、そっと出る。

「……それ、本人に聞いたら?」

個室を出た瞬間、私と目が合って彼女たちはフリーズする。

「の、のあちゃん……っ」

「ダサいことすんな。言いたいことあるなら、あたしに直接言って。影で言われるの、飽きたから」

そう言い捨てて、私は教室に戻った。

後ろで誰かが「かっけー……」ってつぶやいたのが聞こえた。
だけど、それで終わりじゃない。むしろここから――私は、私を取り戻す。



放課後。
私は、ゆあと一緒に駅の近くのカフェへ向かった。
そこで待っていたのは、あきら。

「久しぶりだな、のあ」

「……あきら、今日はありがとう」

彼は、彩芽が裏垢を操作していたとされる動画を持っていた。
たまたま通りすがりに見かけて、録画してたという。

「正面から撮れてないけど、スマホの画面が映ってる。しかも投稿ボタン押してんの、見えてる」

「これで……彩芽がやったって証明できる」

「やるか?晒し返すの」
あきらの言葉に、私は少し迷ってから、首を横に振った。

「違う方法を考えたい。私は……もう誰かを傷つけたくない」

「甘いかもしれねーけど、……それがお前の強さだと思うよ」

その時、私のスマホに通知が届いた。
送信者は――“九条 恋”。

【のあ、今夜、話せる?迎えに行く】

鼓動が早くなる。
彼に、今の自分を見せても大丈夫だろうか。
それでも、返した。

【うん、待ってる。】
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