『堕ちて、恋して、壊れてく。』 ―この世界で、信じられるのは「愛」だけだった。

「守られるだけじゃ足りない夜」

第9話「守られるだけじゃ足りない夜」




「……のあ、大丈夫?」

その声が聞こえた瞬間、張り詰めてた心が、ぷつんっと音を立てて切れた気がした。

教室のドアが閉まって、窓から漏れる薄い夕日だけがぼんやり空間を照らしてる。
放課後の静まり返った空間に、わたしの嗚咽が小さく響いてた。

「のあ……」

恋が、わたしの肩にそっと手を置いた。

その手のぬくもりがあまりにも優しくて、涙が止まらなかった。

「……れん、あたし……もう無理かも……」

絞り出すように声を出すと、恋は何も言わず、ただあたしの背中を抱き寄せてくれた。

教室の真ん中、ふたりきり。

抱きしめられたまま、あたし全身の力を抜いて、恋に甘えるように身を預けた。

「誰かに裏切られるのって、こんなに……苦しいんだね」

「……あやめのこと、信じてたんだな」

頷いた瞬間、涙がぽろぽろと落ちた。
どれだけ強がっても、あたしはひとりじゃ耐えられない。

「信じてたよ……。何年も、一緒にバカやって、笑って、泣いて……。その全部が、嘘だったなんて思いたくないよ……」

わたしの言葉に、恋はぐっと歯を食いしばったような顔をした。

「俺が……守るって言ったのに、ごめん」

「……ちがう。恋は、守ってくれてる。わたし、分かってる。だけど……」

“守られるだけじゃ、足りないの”

喉まで出かかった言葉を飲み込んで、わたしは恋の胸に顔を埋めた。

でも――このままじゃダメだって、どこかで分かってた。

わたしが傷ついてることも、噂が広がってることも、恋の心がどれだけ怒ってるかも、全部ちゃんとわかってる。

でも、あたしが本当に欲しいのは「守られる安心」じゃない。

「ねぇ、恋……お願いがあるの」

「ん?」

「今夜……、うち来て」

恋の目が、少し驚いたように揺れた。

「……いいのか?」

「うん。……あたし、今夜はひとりでいたくない」

家には両親も兄たちもいない。
弟の天音は、今夜は家政婦さんと一緒に外食だって言ってた。

だから――恋を、あたしの部屋に、呼んだ。



夜。

リビングのソファに座るあたし隣に、恋が静かに腰を下ろした。

テレビはつけてるけど、目は画面を見てない。
静かなBGMと恋の呼吸音だけが、空間を満たしてる。

「緊張してる?」

「……うん。ちょっとだけ」

恋は微笑んで、あたしの頭を優しく撫でた。

「……のあが、俺の前で泣くの、珍しいなって思って」

「あたしだって、泣きたくて泣いてるわけじゃないもん……」

「知ってるよ」

恋の声は低くて優しい。
その声音だけで、心が少しずつ溶けていく。

「今日は、甘えてもいい……?」

「ずっと、甘えてほしいって思ってた」

そう言って、恋はわたしの肩を抱いて、そっと身体を引き寄せた。

そのまま、キスを落とす。

おでこに、鼻先に、唇に――。
深く、ゆっくり、何度も。

「……ん、恋……」

「大丈夫。焦らないから」

その言葉の通り、恋は急がなかった。

触れるたびに、まるであたしの心の傷を確かめるように優しかった。

制服のまま、ベッドに並んで、恋の手があたしの頬を撫でる。

「のあの全部、俺に見せて?」

あたしは、静かに頷いた。



あたしの身体を包む恋の手が、熱い。

何度も唇を重ねながら、シャツのボタンが外されて、肌と肌が重なっていく。

「綺麗だよ、のあ……。ほんとに、ずっと見惚れるくらい」

「……やだ、恥ずかしい」

「隠さなくていい。全部、俺だけに見せて」

あたしは腕で顔を隠そうとしたけど、恋がその腕をそっと引き寄せて、唇を落とした。

優しく、でもどこか切なくて、苦しいくらいに深いキスだった。

「……大事にするから。壊さないから」

「……恋……」

涙がまた、こぼれそうになった。

でも今度は、苦しさじゃない。
安心と、愛しさと、どうしようもない幸せが混ざった、温かい涙。

あたしは恋に腕を回して、自分からキスを返した。

「もっと、触れて……恋が欲しいの……」

その夜、あたしは恋と一つになった。

心も、身体も、何もかも――全部、預けてしまいたかった。

守られるだけじゃ、足りなかったから。

わたしも、恋を信じたかった。

恋となら、壊れた世界でも、生きていける気がした。



朝。

カーテンの隙間から差し込む光に、目を細めながら、あたしは隣に寝ている恋の顔を見つめた。


ぐっすり眠ってるその寝顔は、信じられないくらい穏やかで、優しくて。

わたしは、そっと指先で恋の頬をなぞる。

「……恋、好きだよ」

小さく囁いたその声が、恋に届いたのか、彼はうっすらと目を開けて、笑った。

「おはよ、のあ」

「……おはよ」

「夢みたいだった。のあと、こうやって一緒にいられるの」

「夢じゃないよ。現実……でしょ?」

「うん。大事にする。のあの全部」

あたしは微笑んで、恋の胸に顔を埋めた。

壊れそうな日常の中で、あたしがたったひとつ信じられるもの。
それが、恋の存在だった。
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