最恐の狗神様は、笑わない少女陰陽師を恋う。
そう言った男は、今度は自分の番だと言うようにわずかに口角を上げた。
その瞬間、首を細い紐か何かで締め付けられるような感覚に襲われる。
「うぐ……が……」
「人間というのはとかく脆いもの。少し力加減を間違えれば簡単に死ぬ。戦いには向かぬ体だ」
苦しい。視界が歪み、力が抜けていく。
「無駄な殺しをしたいわけではない。どうだ、泣いて許しを請うのなら見逃してやろう」
耐えられず地面に膝をついた紫陽に、男は見下すような冷たい目を向ける。
かすんでいく視界の中、それでも必死に男を睨みつけた。
「こと……わり……ます……」
「……そうか」
目に宿した温度と同様に冷たい声。
首を押さえながら、満足に空気を取り込めない苦し気な呼吸を繰り返す紫陽に、男は一歩一歩ゆっくり近づいてくる。
(死ぬ? 私は、ここで)
覚悟がなかったわけではない。特別怖いわけでもない。
(こんな大妖怪との戦いの末命を落とすなんて、陰陽師としては栄誉ですらあるけど)
ただ胸に宿るのは悔しさのみ。
この妖に一撃も入れられないまま死んだら、自分のやり方で陰陽師として人々を守ることは不可能だったのだと証明してしまう。