最恐の狗神様は、笑わない少女陰陽師を恋う。
(嫌だ、それは……)
苦しさで徐々にかすれてくる視界の中、じわりと涙がにじむ。
この男の冷え切った目に映る紫陽は、さぞかし情けない姿であろう。苦しみ息絶えようとしている敵を近くで見届けようなんてこの妖は本当にいい趣味をしている。
このまま意識を手放してなるものか。だけどもう限界だ。
そう思った矢先、突然首に掛かっていた力が一気に緩んだ。
「なるほど、こういう目はよく似ている」
どっと肺に流れ込んでくる空気。紫陽は大きく咳き込む。
男が何故か突然攻撃を止めた。本気で殺そうとしていたわけではなかったのか。
疑問は浮かぶが、それ以上に今は息を吸うことに必死だった。
「涼風紫陽」
はっきりとした声で、男が紫陽の名を呼んだ。
「お前とは近いうちに必ずまた会うことになる」
「どういう……こと……?」
「すぐにわかる」
彼がそう言ったのと同時に、また風が大きく吹いた。
舞い上がった砂吹雪が治まる頃には、既に妖の姿はそこになかった。