最恐の狗神様は、笑わない少女陰陽師を恋う。




「生きて帰ってこられただけで奇跡と思うべきなのかしら」


 自室で丁寧に刀の手入れをしながら、紫陽は一人呟いた。

 優秀な陰陽師の家系として名を上げ、時代が進むと共に広大になっていった涼風家屋敷。その屋敷の中で紫陽に与えられている部屋は、本邸の離れにある一室。離れそのものが使用人が寝泊りする部屋ばかりなのに、その中でも一番小さな場所だ。部屋というより物置として使われることを想定されているのかもしれない。

 ただ、狭苦しい場所だが紫陽はこの場所をそれなりに気に入っていた。顔を合わせるたびに嫌味か暴言しか出てこない家族と顔を合わせる機会が少ないというのもありがたい。

 ──あの妖との邂逅から数日が経つが、紫陽は何事もなかったかのように日常を過ごしていた。朝起きると女中に混ざって仕事をして、空いた時間に鍛錬と愛刀の手入れ。そしてまた女中のような仕事。

 両親は紫陽のことは気にせずこき使うよう使用人たちに命じているようだが、そうは言われても主人の娘を雑に扱うというのは難しいのだろう。使用人たちが紫陽との関わり方に困り果てているようだ。



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