家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
「そろそろ参りましょうか。」

荷物をまとめていた私に、伯爵家から遣わされた使用人が声をかけてきた。

「これ以上遅くなりますと、夜分遅くにグレイバーン伯爵邸に到着することになってしまいます。」

時計の針を見ると、もう夕方を過ぎていた。

この時刻が、家を出る限界だと知らされていた。

「……分かりました。行きましょう。」

私は深く息を吸い込んで、振り返ることなく扉を閉めた。

これが、エルバリー家の娘として過ごす最後の瞬間。

もう戻ることはできない。

これから私は、グレイバーン伯爵夫人としての道を歩むのだ。

母の刺繍道具が置かれた棚、妹たちの声が響いていた廊下、父が朝食を取っていた食堂……

どれも愛しくて懐かしい。

だけど、今は立ち止まれない。

「行きましょう。」私は小さく呟き、馬車へと足を運んだ。

揺れる車内で、私は心の中でそっと言った。

「さようなら、エルバリー家のクラリス。」
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