【不器用な君はヤンキーでした】
第10話・前編 知らない名前と、焼きついた瞳
第10話・前編
知らない名前と、焼きついた瞳
(……誰かが、わたしを見てる)
ふと、そんな気がして振り返った。
風が、制服のスカートを揺らしていた。
ここは、校舎の裏手。
金網フェンスのそばの、人気のない場所。
土曜の午後。
部活も出ずに、ひとりでぼーっとしてた。
理由なんてなかった。ただ、静かにしてたかっただけ。
……そんな私の前に、
あの時の“女の子”が、立っていた。
「偶然、また会ったね」
その声に、身体がピクリと反応する。
あの日――この場所で出会った彼女。瀬那の“元カノ”。
「……凛音さん、ですよね」
私がそう言うと、彼女はふっと笑った。
「そうそう。覚えててくれたんだ。嬉しいな」
その笑顔は穏やかで、だけどどこか寂しげだった。
「……ここ、よく来るんですか?」
私がそう聞くと、彼女は少しだけ視線を遠くにやった。
「ううん、たまたま。別に、学校戻ってきたとかじゃないよ。
ただ……懐かしくなって、来ちゃっただけ」
凛音さんの制服は、今のこの学校のものじゃない。
きっと、あれからまた別の学校へ行ったんだろう。
「そっか……」
風が通る。フェンスがぎし、と揺れる音がした。
「叶愛ちゃん、だよね。瀬那から聞いてる。クラスメイトで、……今の彼女って」
その言葉に、少しだけ胸がざわめいた。
でも、それは不思議と、嫌な気持ちじゃなかった。
「……はい。瀬那とは……付き合ってます」
まっすぐに答えると、凛音さんはふっと小さく笑った。
「……幸せそうだね、ふたりとも」
そう言う彼女の声は、優しいけど、どこか切なかった。
その奥に隠された感情までは、私にはまだ見抜けなかった。
「でもね、叶愛ちゃん。……あの人はすごく優しいけど、それと同じくらい……脆いよ」
「……え?」
「過去のこと、聞いたんでしょ?」
「……はい。瀬那が全部、話してくれました」
父親の事件、母親の言葉、ヤクザとの関係――
全部、瀬那の口から、私に向けて。
「……そっか」
そうつぶやいた彼女は、ふと空を見上げた。
「なら、いいのかもね。ちゃんと話してるなら。……隠されたままより、ずっと」
その目は遠くて、でもほんの少しだけ、やさしさがにじんでいた。
「私さ、もう瀬那とは何もない。でも、あの人がどんな人か、知ってるつもり。
一度壊れた人間って、簡単に“元通り”にはならないから」
「……それでも、私は……信じたい」
はっきりと言葉にした。自分でも驚くくらい、迷いのない声で。
「凛音さんが、どんな想いで今ここにいるか、私には分からないけど……
でも、私は瀬那を信じたいです。過去ごと、まるごと」
一瞬だけ、風が止まった。
凛音さんの髪が、ぱさりと頬にかかる。
「……そう。そういうとこ、あの人が惹かれる理由、分かる気がするな」
彼女は、少し寂しそうに笑った。
「でもね。気をつけて。優しさって、時に残酷だから」
そのまま、彼女は歩き出す。
フェンス沿いを通って、通用門の方へ。
「……凛音さん」
「ん?」
呼び止めると、彼女は振り返った。
その横顔が、やけに大人びて見えた。
「また……会えますか?」
そう尋ねた私に、彼女はほんの少しだけ、目を伏せて――
「どうだろ。……でも、またどこかで、会うかもね」
それだけ言って、彼女は静かに歩いていった。
風がまた吹いて、フェンスがカラン、と揺れる音だけが残った。
(元カノ、凛音さん)
過去の人。
だけど、その存在は私の胸に、確かな影として焼きついた。
(私……ちゃんと、瀬那を信じきれるかな)
知らない名前と、焼きついた瞳
(……誰かが、わたしを見てる)
ふと、そんな気がして振り返った。
風が、制服のスカートを揺らしていた。
ここは、校舎の裏手。
金網フェンスのそばの、人気のない場所。
土曜の午後。
部活も出ずに、ひとりでぼーっとしてた。
理由なんてなかった。ただ、静かにしてたかっただけ。
……そんな私の前に、
あの時の“女の子”が、立っていた。
「偶然、また会ったね」
その声に、身体がピクリと反応する。
あの日――この場所で出会った彼女。瀬那の“元カノ”。
「……凛音さん、ですよね」
私がそう言うと、彼女はふっと笑った。
「そうそう。覚えててくれたんだ。嬉しいな」
その笑顔は穏やかで、だけどどこか寂しげだった。
「……ここ、よく来るんですか?」
私がそう聞くと、彼女は少しだけ視線を遠くにやった。
「ううん、たまたま。別に、学校戻ってきたとかじゃないよ。
ただ……懐かしくなって、来ちゃっただけ」
凛音さんの制服は、今のこの学校のものじゃない。
きっと、あれからまた別の学校へ行ったんだろう。
「そっか……」
風が通る。フェンスがぎし、と揺れる音がした。
「叶愛ちゃん、だよね。瀬那から聞いてる。クラスメイトで、……今の彼女って」
その言葉に、少しだけ胸がざわめいた。
でも、それは不思議と、嫌な気持ちじゃなかった。
「……はい。瀬那とは……付き合ってます」
まっすぐに答えると、凛音さんはふっと小さく笑った。
「……幸せそうだね、ふたりとも」
そう言う彼女の声は、優しいけど、どこか切なかった。
その奥に隠された感情までは、私にはまだ見抜けなかった。
「でもね、叶愛ちゃん。……あの人はすごく優しいけど、それと同じくらい……脆いよ」
「……え?」
「過去のこと、聞いたんでしょ?」
「……はい。瀬那が全部、話してくれました」
父親の事件、母親の言葉、ヤクザとの関係――
全部、瀬那の口から、私に向けて。
「……そっか」
そうつぶやいた彼女は、ふと空を見上げた。
「なら、いいのかもね。ちゃんと話してるなら。……隠されたままより、ずっと」
その目は遠くて、でもほんの少しだけ、やさしさがにじんでいた。
「私さ、もう瀬那とは何もない。でも、あの人がどんな人か、知ってるつもり。
一度壊れた人間って、簡単に“元通り”にはならないから」
「……それでも、私は……信じたい」
はっきりと言葉にした。自分でも驚くくらい、迷いのない声で。
「凛音さんが、どんな想いで今ここにいるか、私には分からないけど……
でも、私は瀬那を信じたいです。過去ごと、まるごと」
一瞬だけ、風が止まった。
凛音さんの髪が、ぱさりと頬にかかる。
「……そう。そういうとこ、あの人が惹かれる理由、分かる気がするな」
彼女は、少し寂しそうに笑った。
「でもね。気をつけて。優しさって、時に残酷だから」
そのまま、彼女は歩き出す。
フェンス沿いを通って、通用門の方へ。
「……凛音さん」
「ん?」
呼び止めると、彼女は振り返った。
その横顔が、やけに大人びて見えた。
「また……会えますか?」
そう尋ねた私に、彼女はほんの少しだけ、目を伏せて――
「どうだろ。……でも、またどこかで、会うかもね」
それだけ言って、彼女は静かに歩いていった。
風がまた吹いて、フェンスがカラン、と揺れる音だけが残った。
(元カノ、凛音さん)
過去の人。
だけど、その存在は私の胸に、確かな影として焼きついた。
(私……ちゃんと、瀬那を信じきれるかな)