嫁いだ以上妻の役目は果たしますが、愛さなくて結構です!~なのに鉄壁外科医は溺愛を容赦しない~
一章 ありえない結婚
 この世は様々な奇跡で溢れている。

 上條美七は、今日もその奇跡によって得た、刺激的な一日を謳歌していた。

 目を爛々と輝かせる美七の前には、ひと揃えの着物。
 桜色に染まる振袖は、小花が咲き乱れて上品かつ華やかだ。
 振袖に合わせた帯も金箔が織り込まれており、見る人が見ればひと目で高級品だとわかる。

「これが着物なのね」

 いつも纏っていたドレスとは異なる趣のそれに、目を奪われる美七を母が笑った。

「嫌だわ美七ったら。こんなものまで忘れてるの?」
「姉さんの記憶喪失具合、かなり重症だよな。二十三歳と話してるとは思えないし」

 和室を覗き込むように廊下に立つ弟が、呆れた目でこちらを見ている。

「でも、毎日新鮮で私は楽しいわ」
「しかも性格まで変わってるし」

 美七は内心ギクリとしたが、「そう?」としらばっくれた。

「こら啓介、美七をいじめるのはやめなさい」
「いじめてんじゃなくてツッコミ入れただけ。てか、のんびりしてたら遅刻すんじゃね?」
「そうね。ほら、着付けてあげるから服を脱いで。啓介は襖閉めて」
「へーい」

 ぴしゃりと襖が閉まり、母の着付けが始まる。

「啓介の言うことは気にしなくていいからね。記憶がなかろうが性格が変わろうが美七は美七。お母さんはあなたが生きてくれてるだけで嬉しいんだから」
「ありがとう、お母様」
「ふふっ、呼び方、また様になってる」
「あっ……お母さん」
「まあ、徐々に取り戻していきましょう」

 母は苦笑しながら、美七に着せた長襦袢に腰ひもを巻く。

(思い出せなくてごめんなさい)

 美七は申し訳なく思い、鏡に映る自分を見つめながら数週間前の出来事を振り返る。

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