アルト、ハロウィンデビューする【アルトレコード】
「すみません! どなたかバッテリーを貸してたいだけませんか!? 親切な方が私にバッテリーを譲ってくれたせいで、ご自身の分がなくなってしまったんです!」
 男性の叫びに、観客の中からざわめきが起きる。

「私の不注意でバッテリーがなくなってしまって。困ってたら貸してくれたんです。こんな親切な方が参加できないなんて、悲しいじゃないですか!」
「あ、あの……」
 マイクを持った司会が近付いて話かけると、男性は司会からマイクをひったくった。

「うちの娘、そりゃあもうかわいいんです。かわいくてかわいくて仕方がありません。白血病になったときにはこの世の終わりかと思いました。俺が死んでもいいから娘だけはって、なんど神様に祈ったことか!」
 男性が大声で叫ぶから、スピーカーから出る声は割れている。が、彼はかまわず続けた。

「だけど、なんとか治療が成功して、生き延びることができました。それで今日、初めてこういうイベントに参加できたんです」
 男性はさらに言葉を続ける。

「ホログラムではしゃぐ娘を見るのが嬉しくて、止められなくて、バッテリーがなくなってしまいました。棄権しかないか、と思っていたら、バッテリーを貸していただけたんです。イベントに参加するという娘の夢をひとつ叶えてやることができました。ですが、そのせいで困っている人がいます。どうか、みなさんのお力を貸してください!」
 男性が深々と頭を下げる。

 と、観客のひとりがすくっと立ち上がった。
「俺のバッテリーでよかったら。俺のも残量少ないけど」
「私のも使って」
「こっちもあるよ!」
 観客が次々と立ち上がり、ポケットから、バッグから、バッテリーを取り出す。
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