放課後、先生との秘密

32話 大切な幼馴染

「わぁどっから行こかなぁ」


いつもより早く目が覚めてリビングに行くとヒラがリビングでPEAKをしていた


「おはよ葵」
「珍しいねこんな朝早くに起きてるなんて」

「えっはっ?らーひー?」


え、なんでいんの?なんでいんの?
あたし、ヒラに会いたいとは思ったけど連絡してないよな?と思ってLINEを開くけど何も送ってなくて



「何で、いんの?」


「昨日こーすけから葵が!!って連絡きてさ、至急来て欲しいって言われて来たんだけど寝てたからさぁ」



で、ずっとここにいたの?
え、ごめん普通に


「こーすけは?」

「寝てるんじゃない?」

「あんたは寝たの?」

「十分すぎるくらい寝たよ」
「ね、こっち来なよ」


ヒラに手招きされて体が勝手に動く
やっぱりあたしほんとヒラに会いたかったんだな
そんな自分に少し腹が立つ


ヒラの横に座った


「で、何があったの?話せる?」

「……」

「まぁ無理しなくていいよ話したい時に話して」


そう言ってヒラはゲームをやめた
すっごく眠そうに目を触ってる

「先生がさっ…」


昨日あった辛いことを1から全部話した
言葉を詰まらせながら。

一つ一つ話すたびに、胸が締め付けられる
言葉にした瞬間、また涙が出てきそうで、必死に堪えた。

全部話し終えた頃には耐えられなくて泣いていた

ヒラは最後まで何も挟まず、あたしの頭を撫でながら黙って聞いてくれた。
それがすっごく安心した。



「そっか…辛かったね…」


その声がやけに優しくて、心の奥に沁みた。

「てかナチも知っちゃったんだ…」

「うん…ナチには言わないとダメだっから」


なんでかヒラが少し暗い顔をする。


今その顔やめて欲しい……


「……でもさ」


ヒラはあたしの目線を外して苦笑いする。



「俺、あんま良い奴じゃないからさ……正直、ナチにもあんま頼ってほしくないんだよね」

「は…?」

「俺だけが良かった…かな」


ちょっと拗ねたみたいな口調で言われて、なんて返していいか必死に考える。

たまにヒラが何を考えてるかほんと分からない。


「……別に、あんたにだけ頼る理由ないし」



わざと少し突き放すように返す。
間違いではない






「でも結局全部俺に話してんじゃん」

「いやでもっ…」

「でも?」

「ヒラが話してって言ったから…仕方なく」

「ふーんじゃあ昨日の夜俺の事1度も考えなかったの?」


考えたよ
なんか会いたかったよ
先生のこと話したかった
あんたに慰めて欲しかったよ……


エスパーかよこいつ

けどそんなこと言えるわけない


「考えるわけないでしょ…」


あたしの顔が少し赤くなるのがわかる。


ヒラが嘘ついても分かるみたいな顔でニヤニヤしだした。


「んふふふそっかぁ」



ヒラはあくびをして両手を伸ばした。
ふわふわしてんなぁ



「あおちゃん今日さ学校サボってどっか行こっか」

「あおちゃん呼びやめろよ」

「んふふふ学校行くのしんどいでしょ」

「……まぁ、ちょっとね」


そう言った瞬間、ヒラがなにか思いついたように笑った



「そうだ葵、遊園地好きでしょ?行く?」

「行きたい…!」



自分でもびっくりするくらいすぐ返事をしていた
昔はよくナチとヒラとこーすけで遊園地行ってたなぁ…懐かしい。


「んじゃ10時に出発ね!」
「それまで寝よっかまだ眠いっしょ?」

「……うん」


ふたりでソファに横になる
ヒラの肩に少しだけ頭が触れると、なんか妙に安心して。
気づいたら目が閉じていた。

……どのくらい時間が経ったんだろう。
ふと、何か物音がして目を開けると。



「……おい」


こーすけの低い声

顔を上げると、こーすけがリビングの入口に立っていた
寝癖だらけの髪をかきながら、目を細めてる。


「なにくっついて寝てんの?」


一瞬で頭が冴えた。
思わずヒラから距離を取ろうとするけど、ヒラは全然動じてない
確かにやましい事はしてないし


「おはよぁ俺ら今から遊園地行くわ」


「は?遊園地?今日学校だよな?」
「お前あと2回休んだら反省文じゃねぇの?」


こーすけの視線があたしに向く。
責められてるみたいで、心臓がバクバクする。


「そんなん今はどうでもいいし」


それだけ答えた。

こーすけはしばらく黙って、それからため息をついた。


「昨日泣いて帰ってきたけどほんと大丈夫か?」
「最近なんか隠してることあるだろ」


その言葉に、胸の奥がぎゅーっと痛んだ
でも今は、何も言えない…
文化祭もあるし先生と気まずくさせれない。



「大丈夫だから気にしないで?」

「前は俺になんでも話してくれたのにな…」

「ごめん…」


それだけ言うのが精一杯だった。
こーすけは一瞬、何か言いかけて口をつぐむ。

その横顔が、すごく悲しそうで、あたしのせいでそんな顔させてしまってるんだ…
でもさっきヒラに、俺だけを頼れって言われたしね
人のせいにしないとやってけないわ


「なんか、距離できたよな俺ら」


それは責めるでも怒るでもなくて、ただ心から寂しそうで――余計に胸が苦しくなる。


「ちがっ……そういうんじゃないんよ」


慌てて否定するけど、言葉が続かない。


「まぁいいよ言えない理由があるんでしょ?」
「無駄に色々考えてそうだし、ヒラに頼れるならそれでいい」


こーすけは笑った顔であたしの頭を撫でてそう言った。



「ま、いいや!俺は真面目に学校行くわお前らサボり組は楽しんでこいよ」

「ごめんありがとね」

「だからもう一人で泣かないでくれよ」

「こーすけっ…」

「可愛い顔なのにお前泣いたらブサイクになるじゃん」

「はぁ?今の流れでそれ言う?泣き顔可愛い奴なんかいねぇだろ!!」


あたしは軽くこーすけをなぐった
だけどこーすけは嬉しそうにニコニコしてた
ほんとあたしのこと大好きなんだなぁとしみじみ思う



「……ほら2人とも朝飯作るから座っとけよ」

「え?」

「毎日作ってんのに今さら驚くな」


そう言って、こーすけはいつものようにキッチンへ向かった

カチャカチャと食器の音、フライパンでウインナーを焼く匂いそれだけでなんか落ち着く



「うわぁ今日もいい匂い!」


ヒラがニコニコしながら言った


「なんかほんとヒラって自分ん家みたいにくつろぐよな」


「もうこいつ住んでんだろ」

「だって落ち着くんだもんこの家」


ヒラは、あたしにしか聞こえない小さな声で――


「あと、葵がいるからねぇんふふ」


――その一言に少しドキッとした
顔が赤くなっていくのがわかる
嫌だ嫌だ!ヒラにドキドキするとか…ありえない

思わず目を合わせてしまうと、ヒラは少し照れくさそうに笑った。




こーすけはその空気感を察したのか、わざとらしく大きめの声で


「あぁ!ヒラのだけ胡椒多く入れちゃった!ごーめん!」

「ええっ!?ちょっと待ってそれはやめて?!!」


3人がお腹を抱えて笑いあった
この何気ないこの空気感が好きだ


そして朝ごはんを済ませて
こーすけを送るためにあたしは玄関に向かった



「……葵」


不意に真面目な声で名前を呼ぶ


「ん?」

「本当無理すんなよ?帰ってきたらゲームやろうな!」

「やったぁやる!マリカしよ!早く帰ってくる!」

「おう!行ってきます!」



そう言ってカバンを肩にかけ、いつも通りの背中で玄関に向かっていく
でも、その後ろ姿がでかいはずなのに、いつもよりちょっと小さく見えて、胸がぎゅっと締め付けられた。


リビングに戻るとヒラはまたPEAKをしていた


「あんたほんとそれ好きだねぇ」

「これやってる時が1番楽しいんだよねぇ」

「ふーんじゃあ用意してくるわ」



あたしが着替えを済ませてリビングに戻ると、ヒラはもう準備万端で立ち上がっていた。


「おっじゃあ行こっか!」

「おう!」


玄関を出て、バスと電車を乗り継ぎ、やっと遊園地に着いた

……だけど。



「何で開いてねぇんだよ!!」


思わず声が出た
これは予想外

今日に限って遊園地は臨時休業
周りを見ても、同じように肩を落として帰る家族やカップルがちらほらいる


「……おい確認しとけよラーヒー!!」

「ごめーん」


入口の前で立ち尽くす。


「マジかぁ……」

「どーすんのこれ」


ヒラはしばらく黙ってスマホをいじっていたが、すぐ顔を上げてニヤッとした。


「…あ、海行こっか!」

「は?なんでそうなんの」

「遊園地開いてないなら、夏っぽいとこ行くしかないでしょ?」

「強引すぎんだろ」
「しかも今からとか暑すぎるって」

「んふふふ、まあいいじゃん最後まで付き合ってよ」


そう言って、当然のようにあたしの腕を掴んで歩き出す。
その横顔がなんか楽しそうで、腹立つけど――ほんの少し、笑ってしまった。


「……ま、いっかどうせ帰っても暇だし」

「お、じゃあ決まりだね!」


人混みを抜けて駅へ向かう道。
照りつける日差しと、アスファルトの熱気に汗がにじむ。

ほんとは少しガッカリしてるけど。
その空気を読んだみたいに「代わりにもっと楽しいことしてやるよ」って顔してるヒラを見て、ちょっとだけ救われた気がした。



電車に揺られてしばらく。
遊園地とは逆方面に進む車窓からは、少しずつ空が広くなっていく



「……はぁ、ほんと開いてなかったの悔しい」

「まぁ海なら裏切らないよ」

「あんたが海行きたいだけでしょ」


そう言い返しながら、座席に深く腰を沈めた。
朝早かったから、まぶたがどんどん重くなって
そのままヒラの肩に頭を乗せて寝てた





気づけば、あたしは学校の教室にいた。


あぁまた夢か.....

いつもの放課後の教室。
夕焼けが窓から差し込んで、机の影が長く伸びている。


「葵」


その声に振り向くと、先生が立っていた。
あの、優しいけどどこか影のある笑顔で。


「……先生」


先生が近ずいてきて頭を撫でられた。
昨日と同じ。あのときと同じ温もり。


「可愛いな葵は」


ニコニコしながら言う先生は子犬みたいだった


「先生も可愛いよ」

「ずっと一緒に居ような」


先生はそう言ってあたしを抱きしめた


「ずっと?死ぬまで?」

「死んでも一緒」
「俺お前じゃないと無理だわ」

「ばかっ」


あたしは思わず先生の胸に顔を埋めた。
その瞬間、温かさと柔らかさが全身に伝わり、心臓がと跳ねる


先生の心拍が聞こえて耳を澄ます
どんどん早くなっていくのが分かる
あたしの心拍も同時に



「好きだよ」



と耳元で囁かれて思わず声が漏れ出そうになって
どんどん頬が赤くなるのが分かる

先生があたしから離れて目が合う



「先生っ...」

「その顔えっろ.....誘ってんの?」
「俺まだなんにもしてねぇじゃん」

「この変態教師が」

「でもこんな変態教師が好きでしょ?」

「好きだよ」

「んふふ可愛い」


そう言って先生は私にキスをした
何度も何度も息を吸うことすら忘れるくらいに


心臓がドキドキして破裂しそう
もう無理だっ



静まり返った教室にリップ音だけが響き渡る

ドキドキしてまた心拍数が上がっていく


「んんっ……っは、……せん、せい……しぬっ」


必死に空気を求めるのに、またすぐ先生に塞がれて、酸素が入ってこない。
胸がぎゅっと苦しくなって、でもその苦しさすら快感に変わっていく。



「はぁ、っふっ…」

「鼻で息しろよ」


なんでそんな余裕そうなんだよ
慣れてる感じがムカつく
私こんなの初めてなんだよ


「なに⋯顔真っ赤じゃん」
「キスだけでそんな乱れるとか…エロすぎ」

「もう...むりっ.....んっ...はっ...ふっ」

「襲われてぇの?そんな顔してさぁ」



手の痺れが意識の遠くで感じる
どうせ夢ならそんなことどうだっていい
今は酸素よりも、先生が欲しい
懇願するようにそう思ってしまった。
今だけは先生とこの時間を長く過ごしたい


「そんな目で見られたら…俺もう我慢できねぇよ」


先生が額を押しつけてきて、あたしの目を真っ直ぐ覗き込んでくる。


「これが夢なら……もっと壊してよ」


「は.....どこでそんな言葉覚えてきたんだよ」


自分でもびっくりするくらい素直な言葉がこぼれてしまった。


「お前が言ったんだからな」


先生の口元がゆっくりと笑みに変わる
それが合図だと認識した
先生はゆっくりあたしを机に押し倒す


「ちょ誰かに見られたらっ」

「俺ら以外誰もいねぇよ⋯⋯だから...」


一瞬時が止まったかのように感じた
頭が真っ白で、息をするのも忘れてしまいそう

先生の瞳がまっすぐに射抜いてくる
もう⋯⋯逃げられない



「お前の初めて俺に全部くれよ」
「なぁ葵⋯⋯愛してる」


先生があたしの頭を愛おしそうに目を細めながら撫でてくれる
あぁ大好きほんと誰にも渡したくない
独り占めしたい


「あたしもっ先生のこと愛してる」

「ずっと俺だけのこと考えとけよ」


そう先生は言って頭から順にキスをして
首筋まで来たら先生の手が制服のボタンに触れて1つづつ外していく.....


お願い...まだ夢は覚めないで____

そう思った瞬間



「ねぇもう着くよ!!起きて!!葵早く!!」


ヒラに叩き起されて目が覚めた


「殺すぞてめぇ」


思わず口から出たその一言に、揺さぶってたヒラが一瞬固まった。


「えなに?俺なんもしてないのにいきなり殺されるの?こわっ」

「はぁ...おぉい!まだ着かねぇじゃん何してくれてんだよ!」

「早く起こしとかないと葵寝起き最悪だからさ」
「今も殺すぞって俺に言ってきたし」


こいつまじで5発くらい殴らせろ
あと2駅くらいあるぞ
あぁもうくそっ!!


「もしかして夢でも見てた?」

「別に」

「なんか“せんせぇ“って言いながらうなされてたよんふふ」

「もううざい」

「図星じゃん」
「まともじゃなさそうな夢見てそう」

「一旦黙れよ」



そんなニコニコしてあたしの顔見んな

ヒラは楽しそうに笑いながらスマホをいじり出す。


その余裕そうな態度が余計にイライラする。けど夢の中の先生のことを思い出して胸がまたドキッとしてしまう。



先生に会いたい
あの続きをしていたらあたしほんと⋯⋯



と、そこで電車が揺れてアナウンスが流れた
どうやらもう駅に着いたみたい




「着いたよ」

「んー」


動かないあたしをヒラが引っ張て電車からでた
眠過ぎて体が動かん


「ねぇ動いてよ」

「眠たーい」


「置いてくよー」


そう言いながらも、結局ヒラはスッとあたしの腕を掴んで人の流れに合わせて引っ張ってくれる。
夏休みのせいか、駅前は人が多くて、海へ向かう人たちで賑わっていた。


「……珍し、こんなに人いるの」

「この前来た時俺らしかいなかったのにな」




眩しい日差しに目を細めながら、潮の匂いがだんだん近づいてくる。
駅から歩いて少し、視界の先にキラキラと光る海が広がった。



「うわ、ほんとに人多すぎでしょ絶対遊園地から流れてきたやつ!!」




砂浜にはすでにパラソルが並び、水着姿の人たちがわいわい騒いでいる。
楽しそうな声に混ざって、波の音が心地よく響いてきた。



「人酔いしそう」

「吐かないでね?知らない人のフリするから」

「いや助けてよ」


ヒラはいつもの定位置に向かって砂浜に足を踏み入れる。
あたしは裸足になって、その後ろを少し遅れてついていった。



泳ぎはしないでただ海を眺める
それがいつもここに来てのルーティン
まず泳げないしね

「あ、喉乾いてるでしょ?飲み物買ってくるわ」
「何がいい?」

「センスで」

「好きじゃないやつ買ってきても怒んないでね」

「任せろ」


とか言ってもヒラとの仲だからあたしの好きな飲み物くらいすぐ買ってくるっしょ
幼馴染ってすげぇ楽だわぁ


ヒラが人混みをすり抜けて自販機の方へ向かっていく。


「……先生、今何してるんだろ」


気づけばまた、夢の中の先生のことを思い出していた。
あの時の熱い視線、耳元で囁かれた声、そして……。


思い出しただけで胸がぎゅっと苦しくなって、心臓が速く打ち始める。


「はぁ……何考えてんのあたし」


両手で顔を覆って熱を冷まそうとしていると、影がふっとかぶった。


「ねぇねぇ!今お姉さん一人?なにしてんの!」
「めっちゃスタイルいいじゃん可愛いっ!」


顔を上げると、サングラスをかけた見知らぬ男が二人。
にやにや笑いながら、あたしの近くに腰を下ろそうとする。


ダルっ!!!!
ナンパかよ


「あたし可愛いっしょ」


こういうのは初めてだけどノリに乗っとこ
暇だし面白そうだし


「ちょー可愛い!彼女にしたいわぁ」
「向こうで俺らと楽しく遊ぼうよ」


サングラス男たちが調子に乗って距離を詰めてくる。
けど――あたしは全く動じず、むしろ余裕の笑みを浮かべてやった。


「えーどうしよっかなぁ行っちゃおうかな?」


行く気なんて1ミリもあるはずない


「てかあたしを彼女にしたいなら〜年収1000万くらいある彼氏が欲しいかなぁ?」


「い、1000万!?」

2人同時に驚いた声で言った。
仲良すぎだろお前らお似合いだから付き合えよ


二人の顔が一気に固まる。
心の中で「ぷっ」と吹き出しそうになる。思った以上にチョロい


視界の端でヒラが動画をとりながらニヤニヤしながらこっちを見てる

おおおいいふざけんなよ!見てねぇで助けろよ!!!!

確かに一人で対処できるけどさ
可愛い女にはいつなれるんだよほんと
あー病みそう先生だったら助けてくれんのかな


「あたしのこと毎日重いくらい愛してくれないとやだ」


「それは俺らにもできるよ?」
「だから遊ぼうよぉ」



「出来るわけねぇだろ出来るやつならこんなとこでナンパなんてしねぇんだよブスが」

「あと友達とここ来てんの邪魔すんじゃねぇよ」


さっきまで地雷女子みたいな声出してたのにわざと低い声を出して言った


男たちの顔が一瞬で引きつった。
サングラスの下で目が泳いでんのが見えて笑える。


もうここで切り上げとこかな
暇つぶしになってくれてありがとな



「こんな可愛いあたしにお前らが釣り合うわけねぇんだわ」


「自意識過剰すぎだろ」
「そこまで可愛くねぇだろきっしょ」


ホストの客引きで無視した時のアレじゃん
お前らがきしょいわ鏡みてこいよ
流行りの髪型にしてもおしゃれしても
先生越えられなかったらかっこよくねぇんだわ


「お前らがきっしょいの自覚した方がいいぞ?
鏡みてナンパしてこいよ」


男たちが一瞬、グッと詰まる。
為す術なしみたいな顔マジでおもろい


「……は?なに言ってんの」
「クソガキが調子乗んなよ」


そう吐き捨てながら、サングラスを深くかけ直してそそくさと歩いていった。

ふぅ。やっと静かになった。

てか、あたし一人で完全勝利じゃん。

……って思ったら、視界の端でヒラがまだスマホ向けて爆笑してた。


「お前なぁ!!!人がナンパされてんのに、何ずっと撮ってんだよ!!!」


「いやぁ凄かったね葵口悪いからさ自分で何とかすると思ったよ」


「おい悪口」

「期待通りすぎて笑ったわ」

「お前殴るぞ」

「はいはい、怖い怖い」

「てか消せ!!!」

「えーやだ!永久保存版」

「殺すぞ」


あたしが手伸ばした瞬間、ヒラはケラケラ笑いながら逃げてった。



そのヒラを捕まえて馬乗りになって携帯を奪って動画を消した


「ちょ、葵っ」


ヒラの顔を見ると真っ赤になっていた


「あ?なに?」

「ここでそれは...」


目を逸らしたままモゴモゴなんか言ってる。


「は?」

「……や、だから……その体勢……」

「体勢?」


首を傾げて自分の状況を見下ろす。

確かに傍からみたらやばいことしてる
あたしの顔もどんどん赤くなっていくのが分かる

「……っっ!!!!」
「ち、ちがっ……これは!!!」


慌てて飛び退いたけど、勢い余って砂に尻もちをつく。


「いてぇ……!」

「そんな、恥ずかしい俺っ...女の子にそんなの」


ヒラ恥ずかしそうに顔覆ってる
見てるこっちが恥ずかしいわ


「やめろやあたしが襲ったみたいな言い方」

「襲われちゃったもん」


「……もういい!海行く」


立ち上がって砂を払うと、ヒラは少し焦った顔で立ち上がってきた。


「コケたらダメだよタオル持ってきてないし」

「殺すぞ」

「また出た」


こいつ……まじで一回海に沈めよっかな。

足を少し海につけると冷たくて気持ちよかった
入りたいなぁ
でもこんなとこで溺れたら大問題だしな




そんなとき——後ろから声がかかった。




「葵」



振り返ると、ヒラがさっき買った飲み物を差し出してきた。
中身を見た瞬間、思わずにやける。




「あ、これ……」



「葵のことならなんでも分かる」とでも言いたげな顔。


「たまにはやるじゃん」

「一言余計だよ」


呆れたふりして笑ってる。

あたしはプシュッとキャップを開けて一口。
ひんやりした甘さが喉をすべり落ちて、さっきの海の冷たさと混じって心地よい。



「これから何する?」

「んー?」

「帰りたい?」


本当はもうこの短時間に色々ありすぎて帰りたい。
けどまだ居たいみたいな顔されたら帰るなんて言えるわけなくて



「もうちょっとここにいようかな」


そうヒラに言うと満面の笑みで微笑み返された
なんだこいつ可愛いじゃねぇか


砂浜に並んで座って、足先だけ海に浸す。
波がくるたびに足首を冷たく撫でていく。
それが妙に心地よくて、無言の時間が続いた。




「たまにはこういうのも悪くないね」


「あんたずっとゲームしてっからこうやって外でた方がいいよ」


「部活も終わっちゃったしねぇやることないもん」



そう話しながら、頬杖ついて夕日を見てるヒラの横顔がオレンジ色に照らされて少しかっこいいと思ってしまった。
先生を超えることはないけど



ふとヒラと目が合った



「俺葵が好きだよ」


「はっ?」


頭の中が真っ白になる
今までそれっぽいことは何度も言われてたけど
こんなド直球に言われたことは無かった


あまりにも唐突すぎて頭が働かない



何か言わないとっ!!
けど言葉何も浮かばない




沈黙が落ちる。
波の音だけがふたりの間を埋めるみたいに響いていた。




視線を外せずにいると、ヒラがふっと俯いて、少し悲しそうに笑った。



「本当はね、卒業式の時に言おと思ってたの」
「中学の時も卒業したら...って思ってたけど言えなかった」


「返事って言わなくても...」



「言って欲しい」
「ちゃんと俺を振ってよ」


冗談も茶化しも一切なく、真っ直ぐにあたしを見た


「傷つけなくないよ?」


「もう十分傷ついたよ」
「葵がキヨの話する度に、それを慰める度にね」



そんな風に思わせてたんだ⋯
あたしってほんとなんなんだよ


「ごめんっ...」


「だから葵の口から俺のこと好きじゃないって言って?」


「でもっ仲悪くなりたくないし...」

「ならないよ、俺振られてもずっと葵が好きだし」
「葵にちゃんと振られたいだけ」


告られたことも振ったことも無い
そんなことをまさかヒラにするなんて思ってもいなかった


あたしは覚悟を決めた


「ごめんヒラのこと幼馴染としか見えないし、一度も好きだと思ったこともない、多分この先も、だからごめん付き合えない」


「うっ...⋯言い過ぎだよっ〜!!」



ヒラは泣き出してしまった
お前が振ってくれって言ったんだろ!!
あたしが泣かせたみたいじゃん


「ごめんごめんあははは!泣きすぎだろ」

「俺の初恋散っちゃったよ」

「でもさ、ヒラとは変わらず幼馴染だし、これからもバカやったり遊んだりできるでしょ?」


ヒラは鼻をすすりながらも、にやっと照れくさそうに頷いた。


「けど男友達としてはあんたが1番好きだよ」

「なにそれずるいよお!!」
「もう1回言って?」


「はいはいヒラが男友達の中で1番好きだよ」

「あぁありがとうまだ生きていけるよ」
「てかそれって昔から?」


「昔からずっとよ」


「ほんと付き合うより嬉しいかもっ」

「なんなんこいつ」



ヒラは照れ隠しに手で顔をこすりながら、ふふっと笑った。



 

「あはは、ヒラの顔赤くなってるじゃん」


「うるせぇ!!でも、まあ、これで安心した」
「幼馴染として、ずっと一緒にいられるって分かって」



夕暮れの海風が二人の間を抜けて、少しひんやりする。
あたしも自然に笑顔になって、波打ち際に座り込むヒラを見下ろす。



「なぁヒラ、これから先もずっとこんな感じで、くだらないことで笑い合おうな」

「うん約束!」


小指を結ぶとヒラは嬉しそうにしていた
ヒラの笑顔に、あたしも安心して夕日のオレンジ色の海を見つめた。



そうして時間が経って家に帰った



「今日は、楽しかったね!」


「うん、久しぶりにこんなに笑った気がする」


ソファに腰掛けてテレビを見ながら二人で話す。


ヒラは小さく笑いながら、でもどこか照れくさそうにあたしを見てくる。
あたしも自然と笑みがこぼれる。


あんなことがあってもあたしらは何も変わらないんだ。気まずくなることも何も無い


そう今日の余韻に浸っていると玄関の扉が開いた



「ただいまぁ!!」


「あ、おかえりこーすけ!マリカ!!!」


「んふふふやろうな!ちょっとまってて?」


「俺マリカしたら帰るわ」

「珍し!泊まっていかねぇの?」

「制服持ってきてないし、今日はいいかな」



なぜなあたしは胸騒ぎがした
もしかしてあたしに気を使ってる?
あたしが振ったから?



「また泊まってくよね?」

「うんっ!当たり前じゃーん!」


そんな悩みはすぐに打ち消された
ただの思い込みだった


そうして3人で少し遊んで、笑い声を残しながら帰っていった後、部屋に一人になったあたしはベットに座り込んだ。


「はぁ……」




肩を落として深く息をつく。今日の余韻がまだ胸の奥でじんわりと熱くて、でも同時に、明日からまたあの学校で、先生を避けながら過ごさなきゃいけないと思うと、胸がきゅっと痛む。




涙がポロポロと頬を伝うのを手で拭いながら、あたしは小さくつぶやいた。



「また……明日から……」


また地獄に戻るんだ

こんな弱さを抱えたまま、窓の外に沈んでいく夕日に目をやる。

今日の楽しい時間と、これからのもどかしい日常が、あたしの中で入り混じって胸を締め付けた



でも、それでも……今日みたいに笑える日もあるんだ。そう思いながら、そっと涙を拭って、明日に備えた。


また夢で先生に会いたいと願いながら


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