その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
二人はそれぞれ更衣室で着替えを済ませ、プールサイドのベンチで待ち合わせをした。

先に現れたのは麻里子だった。
シンプルな青の競泳用水着が、彼女のしなやかな身体のラインを控えめに、しかし確かに浮かび上がらせていた。髪はすっきりとまとめられ、深い紺色のキャップに収まっている。その上に無造作に乗せられたゴーグルが、彼女の凛とした雰囲気に柔らかさを添えていた。

「……麻里子」

後から現れた貴之が、ふと息を呑んだ。
低く、素直に心から漏れた一言だった。

彼自身はサーフトランクス型の水着に身を包み、ゴーグルを首にかけたまま。引き締まった上半身が濡れてもいないのに艶やかに光っている。

麻里子は、その肉体美に目を奪われかけ、あわてて視線を逸らした。
その頬に、ふんわりと赤みが差す。

「麻里子……綺麗だ」

貴之がぽつりとつぶやいた。

聞こえなかったふりをして、麻里子は小さく微笑む。

「素敵なプールね。貸切なんて、贅沢だわ」

「そうだな」

静けさが漂う水面。館内には他に誰もいない。時間も音も、二人だけのために止まったかのようだった。

ふいに貴之が麻里子に歩み寄り、濡れてもいない彼女をそっと抱きしめた。

「……麻里子、綺麗だ。ほんとうに、誰にも見せたくない」
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