その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
プールから部屋へ戻ると、肌に残る水の感触と、心地よい疲れがふたりを包んでいた。
まだ午前中だというのに、時間の流れがゆるやかに滲んでいる。

「これから、何かしたいことあるか?」

キッチンで水を飲みながら、貴之が何気なく聞いた。

「……少しだけ、お昼寝したいわ」
麻里子はそう答えて、ふわりと微笑む。
「久しぶりに泳いだら、心地よく疲れちゃって。……まだ午前中だけど」

「昼寝か。いいな、たまには。俺もつきあうよ」

そう言って貴之は、ふいに麻里子の身体を横抱きにした。

「えっ……ちょっと!」

「いいだろ? たまには甘えても」

驚きと照れの混じった声を上げながらも、麻里子は彼の腕の中でおとなしくなった。
そのぬくもりが、どこかくすぐったくて、安心できて、心までとろけそうになる。

静かに寝室のドアが閉まり、柔らかなリネンの香りに包まれたベッドに、貴之は麻里子をそっと横たえた。

「ありがとう」

麻里子が囁くように言いながら、ベッドの上で身を縮める。

貴之もその隣に寝転がり、自然と麻里子が身を寄せてきた。
彼女の細い腕がそっと彼の肩に触れ、温もりを分け合うように、ふたりの距離はさらに縮まっていく。

貴之は静かに、麻里子の額にキスを落とした。
目を閉じると、彼女の穏やかな吐息が耳元にふわりと触れた。

ふたりの寝息が、静かな部屋の空気に溶け込んでいく。
心も身体も緩やかに満たされながら、ふたりは静かなまどろみの中へと落ちていった。

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