その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
親友の誕生日
穏やかな陽射しが差し込むカフェの窓際。
午後1時前、麻里子はテーブルに着いて、すこし緊張気味に水をひと口飲んだ。
「ごめんごめん!待った?」
軽快な声とともに入ってきたのは、今日子。
高校時代からの親友。変わらぬ笑顔と、少しだけ疲れの滲んだ目元。
「全然。私も今来たところ」
二人はハグを交わし、席に着く。メニューを開いたその瞬間から、女子トークはもう止まらなかった。
「なんか、雰囲気変わったよね、麻里ちゃん」
「え?」
「うーん……なんだろ。ちょっと艶っぽくなったというか……女っぽい、って言えばいいのかな」
麻里子は少し頬を赤らめる。
「そんなことないよ……」と笑ってごまかすが、今日子は見逃さない。
「ねぇ、もしかして、いい人できた?」
麻里子は、一呼吸おいてから、小さくうなずく。
「……会社の所長なんだけど、最近、よく一緒にごはん食べたりしてる」
「うわぁー!ついに! あの恋愛トラウマ期、抜けたんだね」
「まだ完全じゃないけど……少しずつ、って感じ」
「よかった……麻里ちゃんは、ずっと“恋するのが怖い”って言ってたもんね」
今日子は胸に手を当てながら、感慨深そうに言った。
ふと、今日子の表情が曇る。
「私なんてさ……夫と、もう何年もまともに話してないよ」
「……」
「子どもも大きくなってきたし、自分の女としての人生なんて終わったのかな、って。最近よく思うの」
麻里子は目を細めて、友の心の奥にそっと寄り添う。
「そんなこと、ないよ。今日ちゃんだって……すごく綺麗だし」
「ありがと。そう言ってくれるのは、あなただけだよ」
料理が運ばれてきた。
麻里子が頼んだのは発酵プレート、今日子はそれに惹かれて同じものを注文した。
「発酵料理って、最近ちょっと興味あるんだよね」
「私、教室通ってるの。今度、試食会しに来てよ」
「え、行く行く!教えて!料理しながら恋バナもできるし」
そう言って、今日子が笑ったとき
その笑顔の奥に、ほんのわずかに、希望の光が宿ったような気がした。
そう言って、麻里子がバッグから小さな包みを差し出した。
上質な和紙で包まれた、淡い藤色のリボン。
その繊細な佇まいに、今日子は一瞬だけ言葉を失った。
「……えっ、うそ。覚えててくれたの?」
「もちろんだよ。今日ちゃんの誕生日、忘れるわけないでしょ」
受け取った瞬間、今日子の指が、そっと震えた。
そして、そのままふいに、涙が頬を伝った。
「……ごめんね、麻里ちゃん。泣いたりなんかして……」
そう言いながら、今日子は慌てて笑顔を作ろうとする。
「本当に嬉しいの。麻里ちゃんが幸せそうで、心からそう思ってるんだよ。なのに……なんでだろう、涙が止まらなくて」
鼻をすんとすする今日子は、自分で笑いながら首をすくめた。
「年のせいかな。涙腺が、どうも……ゆるくて」
麻里子は、優しく微笑んだまま、何も言わずにそっと今日子の手に自分の手を重ねた。
午後1時前、麻里子はテーブルに着いて、すこし緊張気味に水をひと口飲んだ。
「ごめんごめん!待った?」
軽快な声とともに入ってきたのは、今日子。
高校時代からの親友。変わらぬ笑顔と、少しだけ疲れの滲んだ目元。
「全然。私も今来たところ」
二人はハグを交わし、席に着く。メニューを開いたその瞬間から、女子トークはもう止まらなかった。
「なんか、雰囲気変わったよね、麻里ちゃん」
「え?」
「うーん……なんだろ。ちょっと艶っぽくなったというか……女っぽい、って言えばいいのかな」
麻里子は少し頬を赤らめる。
「そんなことないよ……」と笑ってごまかすが、今日子は見逃さない。
「ねぇ、もしかして、いい人できた?」
麻里子は、一呼吸おいてから、小さくうなずく。
「……会社の所長なんだけど、最近、よく一緒にごはん食べたりしてる」
「うわぁー!ついに! あの恋愛トラウマ期、抜けたんだね」
「まだ完全じゃないけど……少しずつ、って感じ」
「よかった……麻里ちゃんは、ずっと“恋するのが怖い”って言ってたもんね」
今日子は胸に手を当てながら、感慨深そうに言った。
ふと、今日子の表情が曇る。
「私なんてさ……夫と、もう何年もまともに話してないよ」
「……」
「子どもも大きくなってきたし、自分の女としての人生なんて終わったのかな、って。最近よく思うの」
麻里子は目を細めて、友の心の奥にそっと寄り添う。
「そんなこと、ないよ。今日ちゃんだって……すごく綺麗だし」
「ありがと。そう言ってくれるのは、あなただけだよ」
料理が運ばれてきた。
麻里子が頼んだのは発酵プレート、今日子はそれに惹かれて同じものを注文した。
「発酵料理って、最近ちょっと興味あるんだよね」
「私、教室通ってるの。今度、試食会しに来てよ」
「え、行く行く!教えて!料理しながら恋バナもできるし」
そう言って、今日子が笑ったとき
その笑顔の奥に、ほんのわずかに、希望の光が宿ったような気がした。
そう言って、麻里子がバッグから小さな包みを差し出した。
上質な和紙で包まれた、淡い藤色のリボン。
その繊細な佇まいに、今日子は一瞬だけ言葉を失った。
「……えっ、うそ。覚えててくれたの?」
「もちろんだよ。今日ちゃんの誕生日、忘れるわけないでしょ」
受け取った瞬間、今日子の指が、そっと震えた。
そして、そのままふいに、涙が頬を伝った。
「……ごめんね、麻里ちゃん。泣いたりなんかして……」
そう言いながら、今日子は慌てて笑顔を作ろうとする。
「本当に嬉しいの。麻里ちゃんが幸せそうで、心からそう思ってるんだよ。なのに……なんでだろう、涙が止まらなくて」
鼻をすんとすする今日子は、自分で笑いながら首をすくめた。
「年のせいかな。涙腺が、どうも……ゆるくて」
麻里子は、優しく微笑んだまま、何も言わずにそっと今日子の手に自分の手を重ねた。