その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
そのまま数歩、3人で並んで歩く。
沈黙が一瞬流れたあと、今日子が思いきったように口を開いた。

「あの……私が言うのも変かもしれませんが、よろしければ今夜、ご一緒に食事をどうですか?」

貴之は意外そうに、しかし静かに返す。

「それは……嬉しいお誘いですが、せっかくの再会でしょう? 僕がいたら、麻里子と話しにくいこともあるのでは?」

「……それでも、もし貴之さんさえ構わなければ。私は……むしろ一緒にいてくださると、ありがたいです」

今日子のまっすぐな声に、貴之が少しだけ口元をゆるめた。

「では……遠慮なく。ご一緒させていただきます」

そこで、麻里子がぴたりと足を止める。
腕を組み、ふたりを見比べながら、わざとらしくふくれたように言った。

「ねえ、ちょっと。私がどう思うか、誰も聞かないの?」

ふたりがはっとして振り返る。

「貴之さんも今日ちゃんも、すごくいい感じに話してるけど、なんだか私、横で勝手に決められてるような……ちょっと、寂しいんだけど?」

わざとむくれた表情の麻里子に、今日子も貴之も思わず吹き出した。

「それは……ごめん、麻里子」
「ほんとに、ごめん。つい……」

「ふふ。冗談よ。でも、たまには私の意見も聞いてよね」
麻里子の声にふたりがうなずき、気づけば3人の間に、自然な笑いが生まれていた。

柔らかな夕風が吹き抜けるなか、マンションのエントランスへと向かうその背中は、どこか心地よい余韻をまとっていた。

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